現世 11
「お前はどこから来た?」
御影 武流は座敷牢の住人に尋問をしている。
〈おい、お前、俺をさっさとここから出せ。〉
「何の目的でこちらの世界に来た?」
〈さっさと出せ。言う事を聞かないと、罰を与えるぞ。〉
「春日を攫ったのはお前の命令か?」
〈やはり言葉が通じないのか。しかし、あの神子は俺の世界の言葉を話したぞ。〉
「もう一度聞く、お前の目的は何だ?」
〈誰か、誰かいないのか、言葉のわかるものは。〉
『いるよ。』
武流は、心の中で呟いた。『だが、何故、お前の言葉を聴いてやらなくちゃいけないんだ?』
武流は座敷牢の正面に、テーブルを持って来て、PCで何事か作業を行い、片手間で異世界人を尋問していた。日本語で問いかけているので、恐らく相手には一言も伝わってはいないのだろう。だが、それで良いのだ。何故なら、今は、異世界語のサンプル収集も兼ねているから。しゃべらせればしゃべらせるほど、こちらの利になる。
春日と橘花が召喚されてから既に三日、彼の言葉を武流はほぼ完璧に理解できる。その上でこう言った。
「お前に親切にしてやるつもりは無いからな。」
〈ここは一体どこなんだ。神子の国なのか?〉
言葉が通じる、と言うのは相互理解の第一歩だ。だから、理解できない、理解されない環境は相当なストレスになる。
だが、過去に神隠しにあった巫女達は、全て、その環境に置かれたのだ。今だって、巻き込まれた橘花は、まさにその環境に置かれている筈だ。
「どう、武流兄。」
「起きて大丈夫なのか?・・・ああ、やっぱり、こいつは春日と接触してる。話もしたみたいだ。」
食事の乗ったトレーと共に大和が現れた。その顔色は回復したとはいえ、まだ、目の下に隈が残っていた。
「・・・そっか。じゃあ、彼をアンカーにして、春日と橘花を連れ戻そう。」
そう言いながら、座敷牢の格子の絡繰りに触れ、一番下の数本の格子を外した。折敷が通るほどの空間が生まれ、そこから、大和はトレーを差し入れる。
「彼、食べないんだよね。」
「?だから?」
「いや、それだけ。」
「興味ないね。お腹がすいたら食べるだろう。大体、そいつはその食事に文句を言って食べないだけだし。」
美青年が叫んでいる内容を武流は元より、大和も理解している。
〈何度も言っているがこんな怪しげな物、王子たる俺が食べれる訳、無かろう。ちゃんと毒見をしたものを持って来い!〉
トレーの上にはあたたかな白米と湯気のあがる味噌汁。焼き魚に青菜のお浸し、と言う、ちゃんとした食事が載っていた。
「なんかそれらしい事、言ってた?」
武流は改めて椅子に座りなおすと、大和にPCの画面を見えるように向けた。
「ここに入れられてからの、カメラ映像と音声から、こいつが話した言葉を翻訳してる。興味深いのはこの場面。そして、”妖力””妖術””火の玉””風の刀”って単語だ。」
目を細めて画面をみつめる大和。
「もう一回見せて。」
眉間に皺をよせ、同じ場面を何度もリピートする。
「何か、もやっとしたものが見えなくもないような・・・。映像じゃあ分かりにくいなあ。」
「じいさんに移送の許可をもらってくる。お前は?」
「・・・僕は、やめとくよ。今、会ったら何言われるかわからないし。」
ポンポンと大和の頭を軽く叩いて、武流も顔をしかめた。
「非難されるべきは‘影‘でありながら、斎宮巫女を守れなかった、僕たち‘御影‘だ。お前は、ちゃんと、万が一の時の対策を立ててたし、それもきちんと機能している。春日と橘花が戻って来れなかったのは、この馬鹿がスマホを奪ったからだ。」
物凄い怒気をはらんだ視線が座敷牢の囚人に突き刺さる。
「それでも、こうして、次の策が立てられるんだ。お前がいなければ、積んでいた。感謝してるよ、大和。」
最後にぽふんとその頭を抱き寄せて、「絶対、取り戻す。」そう告げると、武流は伊勢一族の頭領に談判すべく、出て行った。
武流の置いていったPCでは、目の前の青年の数時間前の録画映像が繰り返し流れている。大和は、マイボトルから熱い紅茶を一口飲んだ。ベルガモットの良い香りがふわりと漂う。本当なら、今の時間、春日は満面の笑顔で本場イギリスの紅茶を飲んでいるはずだった。そして、そんな映像を自慢げに送り付けてくるのだ。それを見ながら、橘花と武流とわいわい話をする、そんな時間は永遠に失われてしまった。
それもこれも。
空腹に負け手を伸ばした味噌汁の熱さに、驚いて中身をぶちまけ、着替えも拒むために汚れたままの服が更に汚れ、この世を呪って文句を叫んでいるこの異世界人のせいなのだ。




