異世界 14
神殿地下の聖なる泉の間を辞して、ヨハン第一王子はジュラ王国国王の執務室に向かっていた。この異常事態に対する緊急会議が開かれるのだ。
『ひょっとすると、王妃様もいらっしゃるかも知れませんね。』
ヨハン王子の顔は一見すると悲愴感を漂わせているように見える。けれど、その瞳の奥は抑えきれない怒りが滲んでいた。
ヨハン・シュトラーゼ・サイ・フォン・ジュラは、現ジュラ王国国王の第一子である。但し、彼を生んだ母親は、男爵家出身の身分の低い女性であり、国王の愛情がとても深い、と言う訳でも無かった。偶々、北の辺境視察時に、縁あって関係を結んだ程度であり、その程度であったから、ヨハン王子は、生まれてから暫くは、母親の元で暮らしていた。王は帰城する際、ヨハンの母に、もし子供が出来ていたなら迎える約束をしたが、彼女を保護した北の辺境伯が、後ろ盾のない二人を案じ、留め置いて教育を施す権利を勝ち取ってくれたからだ。辺境伯に王家に対する思惑が皆無であったとは言わない。しかし、生まれた子供は、辺境伯の庇護のもと、伸びやかに育つ。
そうしてある日、一生を決める風景に出会った。
北の大地の果て、その向こうに手の届きそうな近くに見えてとても遠い島、ニーラカーナがある。魔物の生まれる所を意味するこの島は、この世界で最も瘴気が集まる。歴代の神子が結界で覆い、世界から締め出した島である。
その島を望む岬で、幼いヨハン王子はその島を囲む結界魔法の美しさに息を吞んだ。それは、繊細な細いレース糸で複雑に編み込まれた最高級の織物のようで。この様な美しい魔法と、それを作り出した神子に少年は魅了された。その後、少年はこれまで以上に魔法にのめり込み、才能を開花させていく。そうして、10歳にして、王族にしか発現しない結界魔法を取得し、それをもって王都に乗り込んだ。但し、王城には入らず、時の青騎士隊隊長・最強の魔法師の元に行き、そのまま、騎士見習いとして入隊してしまった。
彼の興味は玉座ではなく、魔法の真髄に置かれていた。
その時、伝統ある公爵家の令嬢であった王妃の生んだギュンター王子は、わずか2歳。
膨大な魔力とそれを使いこなす魔法の腕を身に着けた国王の第一子の王都入りを、非常に強い危機感をもって迎えていた王妃は安堵の息を吐く。と同時に、心の奥には決して消えない疑い、
『油断させるための罠ではないのか?』
が、その後の彼女に付きまとうことになる。
魔法は必ずしも誰もが持ち得る物では無い。大体、10歳前後で魔力が覚醒すると言われるが、王族の中にあってさえ、魔力持ちは貴重。その中で結界魔法が使える者となるとその価値はどんな血統より重い。つまり、ヨハン王子が結界魔法の使い手である限り、その命は正妃の第一子と言えど、ただの王子に過ぎないギュンターより重い、と言うことになる。
瘴気は、神子の能力でしか浄化出来ない。それ故、瘴気溜まりが発見された時、神子が不在であれば、王族が呼ばれる。その瘴気の元を結界で封じるために。神子とともに魔物と戦い瘴気溜まりを封じた者。彼こそが、このジュラ王国の初代国王であった。そして、王権の成り立ちを考えれば、王位は結界魔法と共にある。
ギュンター王子が10歳となり、魔力に覚醒するまでの間、王妃の精神はギリギリのところをさまよっていた。ライバルのヨハン王子は、青騎士として、各地の魔力溜まりを結界の中に封じる活躍を見せており、貴族にも平民にも人気が高かった。
幸い、覚醒したギュンター王子の魔力量は多かった。
王妃はひとまず、安堵の息をつく。しかし、彼が結界魔法を使えるようになるまで、更に3年がかかった。その間、王妃はあらゆる手段を使って、息子に結界魔法を習得させようとし、結果、ギュンターはヨハンに対し、コンプレックスをこじらせる事となる。
状況が変わったのは13歳でギュンター王子にも結界魔法が芽生えてから。
自分の息子が王位継承権を手にしたその年、ギュンター王子のお披露目会が盛大に開かれ、国中がお祭りに沸く中、魔物討伐の命を受け王都から遠ざけられたヨハン王子は落馬し大怪我を負う。重体がささやかれる中、生母と実家のある北の辺境へ、療養の名目で引きこもる。
王宮に戻って来た3年後、24歳となったヨハン王子は、即日、青騎士隊隊長となった。
笑顔でギュンター王子に挨拶をするヨハン王子を見た王妃は、二度とこの青年を排除することは叶わないのだ、と気を失った。




