現世 10
何だ、これは。お前達は何者だ。離せ!俺を誰だと思っている。俺はこの国の王子だぞ。
この国?
ここはどこだ?
神子の持っていた板から、いきなり、音曲が流れた。それを手にした途端、世界が反転した。気が付いたら、不可思議な空間。
訳も分からず、手足を拘束され、口に布が詰め込まれた。酷い侮辱に憤っているうちに、頭から袋を被せられ、運び出された。
流石に命の危機を感じ、無茶苦茶に暴れたが、そんな抵抗は全く無意味だった。
そのまま、ここに入れられた。拘束は外されたが、それから、音沙汰がない。
少し息をついて回りを見回す。何も無い暗い室内。狭い。不思議な感触の床。三方は薄い木の壁。正面は全て格子。格子の向こう側に、自分の上着と剣がテーブルの上に無造作に置かれている。
「牢?」
格子をつかんで揺すってみる。「これも木か?」
「は、ははっ。これで俺を捕らえたつもりか?笑わせる。おい、誰かいないのか!」
大声で叫んで、格子戸を叩く。
暫く待っても誰かが駆けつける様子も無い。忍び笑いが漏れた。
「見張りも付けず、拘束も外すとは、間抜けにも程がある。」
「こんな脆弱な木の扉、俺の魔法で、木っ端微塵だ。【炎球】」
右の掌に魔力を込めて呪文を唱える。熱が集まり、炎の球が形成される。
筈だった。
しかし、右の掌に熱は集まるものの、それが炎の球を形作る事は無かった。
「!?【炎球】【炎球】【炎球】」
何も起きない。
「何だ!?炎球が出ない?なら。【風刃】」
炎球を唱えた時と同じく右掌に熱は集まっても、そこに風の刃は形成されない。
「魔法が、使えない?」
「いや、そう決めるのは早すぎる。【変・脚強】」
ギュンターは下肢に身体強化の魔法をかけた。間違いなく下肢に熱の集まりを感じる。魔力はきちんと働いている。全身の力を込めて格子を蹴った。
バキン!「ぐわっ。」
物凄い音がしたが、格子に変化は無かった。一方、右足を抱えてギュンターは転げ回った。
「痛い、痛い、痛い。何なんだ、何なんだ、これは。畜生。ふざけるな。」
膝に激痛が走っている。あまりの痛みに涙が出てきた。
映像の中、こちらの世界に来たばかりのギュンター王子が、叫び、暴れている。
それは、この座敷牢に仕掛けられた防犯カメラの映像で、春日のスマホを再度異世界に送った後、異世界人は座敷牢に戻し、具合の悪そうな大和を強引に休ませた武流は、それを繰り返し見ていた。
絶対記憶と言えど、注意して見る事の出来る範囲は限られる。今回は、異世界人の音声データ収集も兼ねているので、なかなかに集中力がいる。
武流は伊達メガネを外し、映像の中の口の動きも正確にコピーしようと真剣に画面をのぞき込んでいた。




