異世界 13
「お目覚めですか。お身体の調子はいかがでしょう。お食事はお召がりになりますか?」
黒髪の少女が目覚めた事に気が付いて、女官長がゆっくり声をかけた。
びくりと体を強張らせ、神子様とつないだ手に力が籠ったのがわかる。
夜明けと共に、色々な物がこの聖なる泉の間に運び込まれていた。神殿の地下の神聖な場所に、こんな生活家具を持ち込んでよいのか、と思うが、どうやら、ヨハン王子殿下の差し金、らしい。
神子様を動かせないなら、部屋を動かせば良い、と言う、突拍子の無い発想に驚き、呆れる。一体、どんな報告を国王陛下にしたのだろう。今回の騒動の、主犯の一人が神官長ではあるから、神殿にゴリ押ししたのだろうが・・・。
これはそこに、それはあちらに、と運び込まれる家具の配置に指示を出しているヨハン第一王子は、どこか楽しそうだ。最初は神聖な場所に自分たちが足を踏み入れて良いのか、と躊躇していた騎士たちも、さっさとしなさい、と無表情な美貌に睨まれては、動かざるを得ない。青騎士達だけでなく、白騎士も使って部屋が整えられていく。
言葉が通じない所をどうやって説得したのか、黒髪の少女は、神子様から離れて、女官長と共に見事な彫りの施された衝立の向こうに消えた。慌てて付いて行こうとしたクラウスは、女官たちに睨まれる。
「ここから先は殿方は立ち入り禁止でございます。」
「しかし、私は、彼女の護衛をヨハン第一王子殿下から頼まれている。」
「この先は、御不浄にございます。」
あ、と言葉の意味に気が付いて、クラウスは、真っ赤になった。もじもじと落ち着きを失くし始めた少女の様子に気が付いてはいたものの、その事を思いつかなかったのだ。自分はしっかり、交代時に済ませてきた、と言うのに。
「し、失礼した。」
慌てて、衝立から距離を取る。
「γτφ§φ!」
やけに時間がかかると、気持ちがソワソワする。そんな時、少女の叫び声に続いて、激しい水音が衝立の向こうから聞こえた。
剣に手をかけ、駆け出す。女官達の制止を振り切って、衝立を蹴倒した。
薄絹を纏った黒髪の少女が、聖なる泉の中に飛び込んでいく姿があった。女官長は止めようとしていたが、泉の中に入ることは畏れ多くて出来ないようだった。
「何をしている!」
クラウスは、躊躇なく泉に飛び込んだ。
「アインバッハ様!」
女官長の悲鳴が耳に入ったが、聞いてはいられなかった。
「馬鹿な真似はよせ。死ぬつもりか。」
少女の細い腰に腕を回して、強引に手繰り寄せた。
「ωДεΘ、γδχλ」
何かを叫びながら、暴れる少女を胸に抱きこもうとするが、少女の伸ばした腕の先に何かが浮いているのに気がついた。
「これか?」
彼女を抱き込んだまま、その浮いている何かを掴む。不思議な感触の透明な玉の中に黒い板が浮いているようだ。
「ζη、ζη、χΘγλ。」
透明な玉をきつく抱きしめたままの少女を横抱きにして泉から上がったクラウスを待っていたのは、キラキラと目を輝かせる女官達と、青い顔の騎士達。そして、表情の抜け落ちた女官長と逆に満面の笑みを浮かべたヨハン第一王子。
いつも無表情なヨハン第一王子の満面の笑みは、物凄い迫力で、クラウスは少女を抱く腕に思わず力が入った。
「アインバッハ様、その方を、こちらに。」
硬い表情の女官長に少女を渡す事を一瞬、躊躇した。
「お早く。」
「女官長殿、彼女は、」
「アインバッハ様!貴方様は、その方の夫ではございませんよ!その様なお姿を見られた女性の立場をお考え下さい!」
「は?」
潤んだ瞳と興奮して火照った頬、ほのかに透けた薄絹の下の身体は酷く扇情的で、思わず、ゴクリ、とクラウスは喉を鳴らした。
「きゃー!」
彼の視線から、自らの状態を認識した少女は、真っ赤になって叫び、クラウスの腕の中でジタバタ手足を動かし、めくれた薄絹が太ももをあらわにした所で、女官長の堪忍袋の緒が切れた。
「クラウス・フォン・アインバッハ!目を閉じなさい!」
「ふむ、言葉は通じずとも、悲鳴は一緒なのですね。」
ヨハン第一王子は、予想外にやらかした白騎士隊二席を制裁すべく、立ち竦む青年に向かって歩きながら、呟いた。




