現世 9
「大和!おい、大和。しっかりしろ。成功だ、成功したんだぞ。大和!」
「あ、武流兄。・・・どう?ちゃんと送れた?」
薄っすらと目を開けた大和の目に、真っ青な顔をした武流が映っていた。
「ああ、成功だ。勿論、成功したさ。流石、大和だ!これで、また、春日と橘花と連絡が取れる。」
しっかりと大和を抱きかかえ、武流が何度も頷いた。
「大丈夫だよ、武流兄。加減が分からなかったから、多めに巫力を流したんだ。ちょっと休めば、回復するって。」
そう言って笑おうとする大和だったが、その表情はぎこちない。
武流は橘花を取り戻すためなら、なんでもするが、それでも、この友人の様子に心が痛まないわけでは無い。
「すまない、大和。無理をさせた。何も出来ない僕が、お前だけに負担をかけて・・・。」
「何言ってんのさ。武流兄だって、裏切り者から情報を引き出すために体を張ってくれてるじゃない。」
ふーっと深く息を吐いて、大和は今度こそちゃんと微笑んだ。
「心を偽って、橘花に嫌われる覚悟をして、それでも橘花達の為に、頑張る武流兄が相棒だからね。僕もやれることは全てやるよ。」
武流に抱えられたまま、大和は召喚陣の書かれた紙を見た。
「消えてるね。」
「ああ。」
それはただの真っ白い紙になっていた。
二人は鏡召喚陣を描いた茶室の天井を見上げる。そこには、薄くはなっていても、まだ不可思議な紋様が残っている。
消えた紋様と残っている紋様。何か意味があるのだろうか?
「あー、武流兄にも見えればよいのにね。細かった蜘蛛の糸が、少しだけど太くなってる。今はタコ糸位。」
「タコ糸か。」
そう言って二人は何とも言えない顔を見合わせた。
「焦りは禁物だ。」
己に言い聞かせるように武流は言った。
「繋がりが太くなったと言う事は、確実に、目的地には届いた、と考えて良いだろう。実験は成功だ。後は、春日からの連絡を待ちつつ、彼女たちの助けになりそうな物を送ろう。勿論、お前の無理のない範囲で、だぞ。」
怖い顔を作って牽制する又従兄に大和は呆れて笑う。そして、真剣な表情で告げた。
「その事なんだけど、さっき彼に召喚陣の紙に手をのせてもらったのは、ナビ代わりだったんだ。武流兄が言ったみたいに、ちゃんと目的の異世界に届くように、念の為にね。だけど、実際は、その程度のものじゃなかった。彼は、二人を取り戻すのに、絶対必要な召喚陣のパーツ。心臓部、だよ。」
二人の見つめる先で、同じくこちらを見返す青い瞳。
今、自分の目の前で起こった出来事が信じられない呆然とした表情のギュンターだった。
「どう言う意味だ?」
「詳しく調べてみないと断言は出来ないけど。この召喚陣を成り立たせる基本の力は、目の前の異世界人のものみたいなんだ。」
「!つまり、こいつが元凶、ってことか?」
一瞬にして殺気をたぎらせる武流に、巫力を減らした今の大和は耐えられない。
武流の腕の中で、びくりと大きく体をそらした大和に、慌てて武流は殺気を抑えた。
「・・・はぁ、う、ごめん、武流兄。彼が、なのか彼に流れる力、なのか、そこは、まだ、わからない、んだ。」
「・・・。すまない。少し、休もう。」
深く、浅く、呼吸を繰り返し、冷静さを取り戻した武流が、大和を支えて、立ち上がった。
『春日が攫われたのに、僕には‘怒り‘が無い。』
それこそが一族、特に両親に嫌われる理由なのだが・・・。『感情は難しい。』
大和は自分と武流の違いをまざまざと自覚したが、思考は、今、得た知識とその考察の波に沈んでいった。
『春日、僕は本当は春日が思っているようなものじゃないよ。』




