現世 8
奥の院の四畳半の中央、炉の切られている畳に、春日と橘花を攫った召喚陣の描かれた紙を敷く。大きさは30センチ四方。その上に透明なバルーンにいれた春日のスマホを置いた。連れてきた異世界人の男は、召喚陣を見て驚きの叫びを上げる。
〈それは神子召喚の陣じゃないか。何故、お前たちがそれを持っている!〉
「どうしてバルーンに入れるの?直接触れた方が、巫力は通しやすいんだけど。」
大和の問いに、武流は少し考えてから、答えた。
「そうなのか。上手く送れたとして、壊れてしまっては元も子もないと思ったんだが。」
「あ、そうか。」
「このバルーンなら、多少の衝撃には耐えられるし、前にみんなで行ったテーマパークで、似た物があっただろう?二人なら取り出し方も知ってるし、僕たちからだと気がつくだろう。」
懐かしくその時の事を思い出した大和は、自分を納得させるように頷いた。「わかった。やってみる。」
〈私を無視するな!この召喚陣をどうしてお前たちが知っているのだ!〉
やかましくわめきたてる青年の言葉を二人はあえて無視した。
「じゃあ、ちょっと彼にも手伝ってもらおうかな。」
大和は中空に浮く界を繋ぐ金色の糸を掴んだ。傍目には何をしているのか、全くわからないだろう。左手で糸を握ったまま、右手を召喚陣の描かれた紙の端に乗せる。
「武流兄、ちょっとその人の手も召喚陣の紙に置いてくれる?」
「OK。」
〈何だ?お前たち何をする気だ、手を、手を放せ!私に触るな!〉
抵抗むなしく、足払いを掛けられて体勢を崩した所で、左手を掴み引き寄せて大和の対角線上の召喚陣の紙に押し付けた。武流は一見して細身だが、伊勢一族の影として、幼い時から、武闘を仕込まれている。異世界の温室育ちの王子など、赤子の手をひねるようなものだ。
「そのまま抑えててね、じゃあ、やるよ!」
大和のその言葉と共に、茶室にキン、と金属を叩いたようなかすかな音がした。二人が手を乗せている召喚陣の紋様から、ゆらり、黒い煙が立ち上る。それは、じわじわと紋様をなぞる様に広がり、全ての紋様を満たすと、一旦、息継ぎをするかのような間をとった。次の瞬間、ぶわりと広がり、陣の上に置かれていたバルーンを包みこむ。
そして
消えた。
武流たちの目の前には、黒い煙の名残だけが、室内の風の流れに揺れていた。
春日のスマホを内包したバルーンは、もうこの世界のどこにも存在しなかった。
〈何だ、何だ?、転移したのか?元の世界に帰ったのか?〉
「・・・成功だ。」
四つ這いになったまま、呆然と召喚陣を見つめる異世界人と静かに喜びをかみしめる武流の目の前で、ゆっくりと大和が前のめりに倒れこんだ。
「大和!」
その顔は血の気を失って蒼白、意識は、無かった。




