異世界 8
〈春ちゃん!春ちゃん?〉
「殿下?」
「ギュンター王子!」
不思議な音楽が鳴り、そこから謎の言葉が紡がれ、神子がそれに答えると同時にギュンター第二王子の姿が搔き消えた。
一瞬の空白。
クラウスの目の前で真っ青になって意識を失う神子と彼女を抱えて取り乱す少女。
「馬鹿な!王子の魔力がなければ神子を操ることは不可能。何と言う事だ。」
がっくりと膝をつく神官長に誰も目をくれることはなく、周囲は混乱の極みだった。
その中で、いち早く立ち直ったのは、やはり、この国の第一王子ヨハン・シュトラーゼ・サイ・フォン・ジュラ。
「うろたえるな。どうやら、この状況は其方の予想外だったようですね、神官長。しかし、神子様に魔具を使う、とはどう言う事か、説明を求めます。勿論、この場合、神殿特権は認められません。連れていきなさい!」
その冷徹な命令に、浮足立っていた者達は、己の本分を思い出し、行動を開始した。
「クラウス、あなたはその神子様と一緒に来られた女性を保護して下さい。」
「は。ですが・・・・」
気を失った神子を守るように抱きしめる少女は、震えながらも、こちらを睨みつけている。
警戒心も露なその姿に申し訳なさが先に立ち、踏み出すことが出来ない。
迂闊にも自分が魔具を渡してしまった事が元凶だ。
「自惚れるな、クラウス・フォン・アインバッハ。ギュンターが消え、神子様が意識を失われた。このような大事が一人の行動のせいであるはずがなかろう。少しでも責があると思うのなら、神子様とその女性のこれからを護り通しなさい。」
立ち竦むクラウスの横を通り過ぎながら、ヨハン王子はその背中を軽く叩いた。そうして、自分は少女の前に跪く。
「改めてご挨拶申し上げます、私は、ヨハン・シュトラーゼ・サイ・フォン・ジュラ。このジュラ王国の第一王子にして、魔法師、青騎士隊隊長を務める者です。この度の我が弟にして第二王子ギュンターと神官長の独断による神子の召喚儀式により、お二方に多大なご迷惑をおかけした事、この場で国王に代わり謝罪いたします。国王陛下との謁見の場を用意するつもりではおりますが、先ずは、神子様の安全確保を優先させて頂きたいのです。どうか、我らと共においでいただけまいか?」
不届き者達が連れ去られた後の空間に、第一王子の声が響く。それに応じて、残っていた騎士たちが一斉に跪き、首を垂れた。
「δ§ηω、ДεΘγτφ!」
黒髪黒目の美少女の叫びは全く意味の通じない言葉であった。
「これは・・・。」
ヨハンは眉間に皺を寄せる。この不可思議な姿の神子との会話が可能だったので、油断した。これまでの神子達と同様、やはり、言葉が通じないのが、当然なのだ。
〈われ、よはん、きみ、しゅご。〉
古文書にあった歴代の神子の記録から、何とか安心させらるような言葉を思い出して、話しかけてみる。
黒髪の少女は、ちょっと驚いたように息を飲み、それでも、神子を抱く腕の力を弱める事はしなかった。
〈ここ、だめ、あんぜん、ない。〉
ふるふると首を左右に振る少女に手を伸ばすと更に怯えられた。薄く膜の張る大きな黒い瞳で精一杯睨みつけてくる。
ふぅ、とついた溜息にも少女がびくっと震えるのをみて、ヨハンは決意する。ゆっくりと膝をついたそのままで数歩、後ろに下がり、その後、立ち上がると、彼はクラウスにこの場に残るように命じ、他の者を一旦、入口まで下げた。
「女官長を呼んでください。それと神殿を封鎖。神官長を捕らえた事はまだ、公にしたくありません。私は陛下にギュンターの事を報告しなければならない。次に私がここに来るまで、女官長以外、誰も通してはなりませんよ。」




