異世界 59
ヨハン第一王子に従って、王都に戻って来たクラウス・フォン・アインバッハは、白騎士隊隊長ライゼル・フォン・メテオリンクに報告義務違反の罰として二日間の謹慎処分を受けた。約一か月にわたる白騎士隊士としての不在に対し、この程度の処罰で済んだのは、スタンピードを制した段階でヨハン王子から、特別任務の要請があったからだ。
白騎士隊隊長としては、例え二席であろうとも一隊士に対し王族から直接命令が下ろされては、面目丸つぶれなのだが、神子様が立ち去った後すぐに、聖なる泉を襲った輩がいた以上、緊急事態への対応としては致し方ない。せめて、直ぐに報告しろ、と言う意味を込めての報告義務違反の処罰だった。
王城の警備を含む王族の警護、いわゆる通常業務に戻り、暫くは忙しい毎日だった。クラウス・フォン・アインバッハは白騎士隊二席の立場にある。不在の間にかなりのデスクワークが溜まっており、加えて伯爵位を継ぐ予定の無い三男と言えど、それなりに社交界での役割もある。
噂だけで全く姿を現さない神子様について、帰還したヨハン第一王子から情報を引き出せない貴族たちにとって、クラウスは実に手頃だった。手を変え品を変え、彼から何か聞き出そうと、積極的に接触を図ってくる。ヨハン王子と共に王都に帰還させられたのは、この為か、と半ば信じたほどだ。
神子召喚に関するの情報は機密扱いとされ、召喚当日に拘わったごく少数の人間のみが、事実を知っている。クラウスはその身分と地位から、権力者に圧力をかけられることがあっても、無言を貫くことが出来たが、普通の城勤めの騎士の身分では、無理だっただろう。口留めはされていても、身の回りの世話や護衛をしていた侍女や騎士達、彼ら身分の低い者達は、上位者からの圧力に屈する事もあった。ましてや、統制すべき立場にいる者が意図的に流したい噂もある。
今も、王妃のお茶会の警護に立ちながら、彼は、神子様の様子についての質問に晒されている。
何を言われても、警備中はただの彫像と化し、黙殺を貫く。とうとう苛立った王妃が、「言いなさい、命令よ!」と叫んだ段階で、彼は、その場で、白騎士の徽章を外した。
「神子様に関する守秘義務は王命でございます。例え、王妃殿下の命と雖も、王命に勝るものではございません。それを不敬とされるならば、このクラウス・フォン・アインバッハ、ここに白騎士の栄誉をお返しし、アインバッハ家より籍を抜け、平民となりましょう。何卒、これにて、王妃殿下の命に背くことをお許し下さり、かつての我が家アインバッハ伯爵家に寛大なご処置をお願いいたします。」
お茶会の会場に悲鳴が上がった。
警護に当たっていた騎士が、王妃の不興を買って職を辞したのだ。しかも、その騎士は今噂の白騎士隊二席、神子様の警護を担当し、共に魔王を下した、と話題の主だ。それは、もう一つの噂、行方不明のギュンター第二王子が神子召喚を独断で行い、なおかつ、神子様を魔具を使って操ろうとした、と言う、王妃にとっての不都合な噂の真偽をこの騎士が知っているからでは無いのか?これは口封じ?圧力?
ざわざわと人々の口から零れる小声と意味深な視線。
その中で静かに控えながら、クラウスは王妃からの最後通告を待っていた。
実家に迷惑をかける、と言う気持ちはある。だが、間違った事はしていない。白騎士を止めたからと言って、キッカを守る術はある。あの小生意気な子供と同僚になるのは、あまり嬉しくはないが、赤騎士隊隊長イザークは背中を預けるに値する男だと思う。ここを辞したら、直ぐに赤騎士隊隊長に会いに行こう。
そんな事を考えていたクラウスの耳に新たな参加者の声が届いた。
「一体、これは何の騒ぎだ。」
それはこの国の王の声だった。




