異世界 57
「たいちょが出てこないといけないって、結構やばくない?なぁキッカ。やっぱり、このまま俺たちと孤児院で過ごさね?王様の呼び出しを無視するなら、言いなりにならない、って宣言したってことじゃん。」
軽口風に言うが、レイバンの表情は真剣そのものだ。道中は元より、王都に入ってからも、王妃一派の何らかの干渉は懸念される。しかし、橘花は、レイバンの問いかけに、首を左右に振った。
「王都には行こうと思います。その、国際会議?にも出席します。そして、その場で、はっきり、もう、こんな事はしないで下さい、と頼みます。」
その橘花の言葉に、賛同する者はいなかった。例え、それが本物の神子様であっても、その願いが聞き届けられる保証は皆無だ。現に、もう二度と神子召喚をしない約束が成された上で、春日と橘花はここにいるのだ。
「そんないい加減な口約束じゃ、意味ねーよ。100年も経って、キッカと会った奴が全員いなくなっちまったら、誰も、キッカとの約束を覚えていなくなっちまったら、また、同じ事の繰り返しだぜ。」
「違うの、バン。ただ、分かってもらいたいの。」
「甘ちゃんだなあ、キッカは。」
無意識にレイバンの言葉に侮蔑がこもった。
レイバンの冷たい言葉に橘花がびくりと固まる。
「だが、今回は、我がおるぞ。」
それを感じ取った膝の上の魔物が、興味がないと聞き流していたヒト族の話に加わった。
「橘花は、魔神の契約者だ。そんな者を敵に回すとどうなるか、と、示して見せても良いぞ。」
「そんな!それじゃあ、脅迫です。」
橘花は、思わず、声を上げる。
「いや、力を示しての交渉だ。我は魔神だ。そこらの魔物の比ではないからな。我を手駒として使う事を許可するぞ。」
ふふん、と得意げに羽耳をパタパタさせたセンの背に乗せた橘花の手に力が入る。
「確かに、言う事を聞かなければ魔物をけしかける、とでも言えば、大抵は従うだろう。キッカは今や、最高の武力を手にしている。お前は、魔物を支配している。そう、思わせる。十分に牽制になるな。」
イザークの言葉に、橘花の顔から血の気が引いた。
「待ってください!本当に、待って!
確かにそうやって、センの魔神としての力をかりることが出来れば、橘花の”お願い”も叶う確率が高くなる。しかし・・・。だからと言って・・・。
「だから、あの王子は最初、我に自分との契約を持ち掛けたのだぞ。」
気が付いていなかったのか?とセンは橘花を見上げる。
あの時は、レイバンのかみちぎられた右腕の事で頭がいっぱいで、周囲で何が起きているのか、全く注意を払っていなかった。訳もわからないまま、兎に角、レイバンの傷が治る可能性があるなら、と了解した、ような気がする。
レイバンの顔が悔しそうに歪んでいた。キッカに選ばせてしまった事を後悔しているのだ。
「その、センの事は、私は、そんな、武器、道具、と思っているわけでは無いので・・・。だから、センを利用する、って言うのは、その・・・。
そう、例えば、神子の結界を盾に他国の上に立つような、この国が周囲の国にしてきたのと同じような事で。それを、私がしてしまうと、私の、言いたい事、本当にわかって欲しい事が、ちゃんと伝わらない、と言うか・・・。えっと、なんて言ったらよいのかしら、」
「結局、キッカに復讐は似合わないって、こと。」
思い通りになるのは嫌だ、と言いながら、ヨハンの思いを知り、イザークに頭を下げられてしまうと、キッカは折れてしまうのだ。一人の少女の犠牲で国が救われるなら何の問題も無い、と考える百戦錬磨、口先三寸の国のトップに、自分の気持ちだけで立ち向かうなんて、甘いどころか、馬鹿と言うしかない。しかも、最高の切り札を持っているのに、それを切ろうともしないのだ。
『仕方ねーな。俺が、代わりに復讐してやるよ。』
お前に切り札を握らせちまったこのレイバン様が。
きっと、ヨハン王子がカーバンクルと契約を交わしたなら、この状況は全く異なったものになっていたのだろう。
きっと、面倒事はヨハン王子が魔神の力でもって解決し、キッカもハルヒ様も国の思惑に捕らわれることなく穏やかに過ごして、いつか、ハルヒ様の束縛も解けて。そうして、いつか、キッカは、恋人の元に・・・。
その考えを振り払うように、レイバンは頭を左右に振った。
現実は魔神という札はキッカが手にしてしまったのだ。ならば、せめて、それを彼女に変わって有効に使って見せよう。
そう、レイバンは誓った。




