異世界 56
「ちょ、ちょっと待ってください、ミラ。私は復讐するとは、言っていません。ただ。ただ、このまま言いなりになるのが悔しくて、情けなくて。」
分かっていますよ、と言うようにミランダは橘花に向かって頷いた。
「良いですか、キッカ。淑女には淑女の戦いの仕方、と言うものがあります。言いなりになるのが悔しい。当たり前の事です。それをきっちり、殿方にわからせてさしあげましょう。」
「あ、あの、ミランダ様?」
おずおずと、レイバンが左手を上げ、彼女の注意を引いた。
「それって結局、具体的に何をするのですか?」
橘花に美しいジュラ語を教える為に、彼女の耳に入る言葉は、完璧な宮廷語を求められた。その時に、ミランダに作法も叩き込まれた経験が、今のレイバンにちょっぴり生かされている。元女官長の迫力に押し負けソファーの上で、ピシッと背筋を伸ばしたレイバンを、ミランダは教師の視線で上から下まで眺め、そして、頷いた。
「そうですね。今回に限っては、ヨハン殿下は決してお味方にはならないでしょう。」
(いや、何も、そんな、大袈裟な。ちょっと国際会議に顔出して、笑ってれば、良い、んじゃない、のか?)
「聞こえていますよ、イザーク様。」
(助けてくれ、キッカ。)
赤騎士隊隊長の懇願する視線が音声に変換される。
ミランダの迫力にこちらも押し負けていた橘花は、カーバンクルに向かって片手を伸ばした。
(セン、おいで。)
センは頷いて、ぴょんとその腕の中に飛び込む。
「やれやれ、ヒト族と言うものは本当に不便な生き物だな。これで、もう、本音は伝わらないぞ。」
ほっと息を吐いたのはイザークだけでは無かった。
ミランダも肩の力が抜け心なしか伸びていた背中が丸くなる。
「私の心情をご理解して頂けたでしょうか?」
「すっげー迫力だった。マジ、ビビったっす。」
「・・・勘弁してくれ。魔物と戦っている方が、まだ楽だ。」
ふふっ、と笑って、お茶を入れなおしましょう、とミランダはワゴンを押して出て行った。
「大切にされているな、キッカ。」
目じりに皺を寄せて、彼女をみるイザークに、橘花は改めてここに召喚されてからのミランダとの関りを思い出した。
母の様に祖母の様に恩師の様にそして時には共犯者の様に。彼女たちに寄り添い護ってくれている女性。この世界で信用できる数少ない人の一人だ。彼女になら、春日の事も任せられる。
「はい。」
心の底からそう思えた。
「改めて言うまでもないが、今回の呼び出しは、神子様を使っての国の立場の強化だ。ギュンター王子の行方は知れず、各国からの圧力も強い。だが、諸外国が求めているのは兵の派遣でも結界の再構築でもなく、500年はもつと言われた結界の突然の崩壊の理由だ。先の神子様の警告は他人事ではないから、各国様々な対応を取って来たらしく、今回のスタンピードもそれなりにさばけているようだ。外交筋はやいやい言ってきているが、実際の所、さほどの被害はない。むしろ、これを口実にうちの立場を貶めるのが目的だろう。と、ヨハン王子が言っていた。」
やっと、温かいお茶を口にすることが出来たイザークは、心底、嬉しそうにカップを持った。
「さっき話したのが、キッカに神子様の身代わりとして王都に来てもらいたい理由だ。だが、王妃一派の考えはまた、別だ。」
そう言って、イザークは言いにくそうに顔を歪めた。
「神子様が表舞台に出て来ると、今度は行方不明のギュンター王子の立場がまずい。神子様と各地の魔物を倒して回っている、と噂を流して不在を誤魔化していたのは良いが、それなら、王都に神子様が単独で戻って来るのはおかしい、だろう?」
「あー、確かに。」
レイバンも納得した。
「だから、王妃一派は神子様に戻ってきてほしくはない、のが本音だ。しかし、それで、国の立場が悪くなるのも困る。王都に行くとなると、恐らく何か仕掛けてくる。そこで、俺が、赤騎士隊隊長が神子様の王都までの護衛に選ばれたわけだ。」
本来なら、最前線で魔物と戦っている筈の赤騎士隊隊長イザーク・プラハ=ハウゼンが、結界の強化された土地にきたのは、その為だった。




