現世 51
《ねぇ、お聞きになった?ギュンター第2王子殿下のお話?》
そのセリフで始まる陰口を子供の頃から何度となく聞いてきた。
その度に俺は苛立ち、下の者にいら立ちをぶつけ、時には兄上にも食って掛かった。
別に俺が劣っている訳では無い。兄上が優秀すぎるのだ。俺の母上は王妃で、兄上の母が側妃なのだから、王位継承の順位は俺が上で何もおかしくはない。
なのにあいつらは、いかにも母上が権力に物を言わせて無理を通したように言う。
だが、俺は知っている。そんな事を陰で言いながら、俺や母上の前では、俺こそが由緒正しい正当な王太子だ、と褒めたたえるのだ。
そうして、兄上をたたえていたその口で、兄上を貶める。
どいつもこいつも宮廷にいる奴らは最低な人間ばかりだ。
遊び相手として紹介された上位貴族の令息たちも、そんな親とそっくりで。
《さすがはギュンター王子、素晴らしい腕前です!》
《その御年で、もう王国史をここまで学ばれているとは、恐れ入りました。》
歯の浮くようなセリフで俺に媚びを売る。いい気になっていたのは、俺も子供だったのだから、仕方ないだろう。
それでも、彼らが、陰で、本当は兄上の学友になりたかった、と言っているのを聞いた時は、大人の陰口を聞いた時より、ショックを受けた。
彼らとは、王子としてではなく、友人として付き合っていると思っていたから。今にして思えば、俺の言う事に逆らわない時点で、対等な友人関係が成り立っていたわけでは無いのに。
それでも、子供の俺は傷つき、誰にも馴染まなくなった。
初めて会った時から、ヤマトは、俺に親切だった。いつも、笑顔で俺の為に色々してくれた。言いたい事が伝わらない苛立ちで俺が暴れても困ったように笑うだけで、馬鹿にすることも蔑む事も無かった。暴れた俺が、落ち着くころを見計らったように現れて、周囲を整えていく。気まずい気持ちを察しているのか、そっと、気を紛らわせるような食べ物や手慰みになるものを残して行った。暫くすると、傍にいてくれるようになり、俺にこの世界の様々な事を教えてくれた。
だが、
《ちゃんと意思疎通が出来るってやっぱり素晴らしいね。これからも、何か思い出したら、教えて欲しいな。よろしくね、ギュンター・シュバルツ・フォン・ジュラ王子殿下。》
ヤマトは俺の本当の名前と立場を知っていた。知っていて親切にしていたのだ。言葉が分からないふりをして、困っている俺を陰であざ笑っていたのか?そんな、ヤマトに限って。そう思う一方で、
《やはり、残念な方の王子》
王宮で耳にした言葉が鮮やかに思い出される。
「ギュンター王子!」
その呼びかけに、嫌な記憶から呼び戻される。ああ、ヤマトが帰って来た。魔法が使えるようになったことを伝えるべきだろうか。しかし、使えると言っても、威力は本来の数分の一程でしかない。こんな小さな焚火に火をともす程度だ。だが、これはこれで、ヤマトの役に立てるかもしれない。
出迎えようとして、振り返り、ヤマトが持ち上げた白い塊に気が付いた。
あれは。
すっかり忘れていた。
神官長のこちらの世界での協力者の仲間。裏切られたようだが、かなり権力を持った奴のようだった。鏡の中に囚われていて、ヤマトがいないとこちらに干渉出来ない。帰って来たヤマトと何か話をしている。
『聞いてたも~。あ奴は、』
そのセリフにぎくりとした。ある事ない事面白おかしく噂していた連中の顔と声が頭の中をぐるぐるする。
俺が魔法を使うのをあいつは見ていた。使いながら、何か変な事を口走っていたかもしれない。
〈黙れ!〉
まずい、まずい。
〈黙れ、黙れ、黙れ!〉
ヤマトに何を吹き込もうと言うのだ。
これ以上、ヤマトに嫌われたくない。
気が付いた時には、ギュンター王子は風刃を白い兎に向かって放っていた。




