異世界 53
「お断りします。」
間髪を入れずに断られた。
少しは悩んでくれるかと思ったイザークとヨハン王子の目論見に反し、橘花の態度は頑なだった。
「自分たちが引き起こした事の尻拭いぐらい、自分たちでして下さい。それが出来ないのなら、余計な事をしなければ良いんです。」
「キッカ?」
あまりにもいつもの彼女とは違う様子に、その場にいた全員が目を見張った。
彼女は膝のカーバンクルを撫でながら、顔を隣の車椅子で眠る親友に向けた。
「ごめんなさい。目の前で魔物に襲われる人達を助けたいとは思います。でも、国が、とか言われると、無理です。偉い人達は国とか世界とか大きな単位で物事を考えているのでしょうけれど、私は、そんな立場で考えた事は無いから。国の為なら何をしても良い、個人の幸せを犠牲にするのは当たり前、って言う考えは、出来ません。だって、その犠牲になったのが、私達だから。」
そっと目を伏せた橘花の、まつ毛にきらりと光るものがあった。
「私と春ちゃんはあの日、空港にいたんです。春ちゃんのイギリス留学を見送りに。一緒に、大和ちゃん、春ちゃんの双子の弟です、と武流さん、私の大切な人がいました。
私が春ちゃんとお別れの挨拶をしている時に、突然足元から煙が立ち上って・・・。訳も分からないうちにここの世界の石造りの部屋にいたんです。
煙に包まれる前に、武流さんと目が合いました。絶望した瞳に驚いた表情の私が映っていた。
もう、
もう、勘弁して下さい。
私は、
この国が嫌いです。
バンやミラ、レナ、孤児院の子供達や院長先生、イザーク様も好きです。砦で戦っている人たちも優しかった。でも、私達から普通の日常を奪ったこの国の為に、何かする事は、
出来ません。」
レイバンは元より、召喚当時からそば近く勤めていたミランダも、橘花と春日の召喚前の話を聞いたのは、これが初めてだった。
この時ほど、彼女の膝の上でへそ天で爆睡する魔物の存在をありがたいと思った事は無い。これまで、言葉の壁で、きちんと理解できていなかった橘花の本音を知ることが出来た。
「タケルサンって、あの時、言っていた言葉。人の名前なんだ。キッカの、何?」
握っているレイバンの手にぎゅっと力が入る。
「恋人?」「・・・うん。」
「そっか。俺たちの国の都合で恋人と離れ離れにされたんだ。
辛かったね、キッカ。」
軽く手を引かれ、橘花はレイバンの胸の中にぽすん、と収まった。
「気が付いてやれなくて、ごめん。」
優しく頭を撫でられ、いつの間にか、涙が溢れていた。
橘花を撫でているのは、レイバンの右手。硬質な皮の手袋の中身は、ただの空気だ。ある程度、動かすことは出来ても、繊細な力加減や、つまんだり、握ったりなど、細かな指の動きは、まだ出来ない。握られた左手に比べ、血の流れる肉の温かさに欠けるその右手に、橘花の悲しみは深くなる。
「ならば復讐すれば良い。」
橘花の膝の上、白い魔物の目がカッと見開かれ、縦に伸びた虹彩が怪しい光を放っていた。




