異世界 52
「ヨハン王子からの伝言だ。」
入れなおしてもらえなかった冷めたお茶を一息に飲んで、視線はミランダから逸らしたまま、イザークは、改めて背筋を伸ばした。
「キッカには、このまま、神子様の代役を務めてもらいたい。」
「代役・・・。でも、私、春ちゃんみたいな巫女の力、ない、です。」
「本当にそうか?」
イザークの強い口調に、身を強張らせた橘花の手をレイバンがそっと握った。
「たいちょ、それどういう意味っすか?」
「おまっ、それ、まあ、いいか。
あー、そのまんま、本当に神子の力が無いのか?って事だ。」
イザークは、レイバンと橘花の間の空気に思う事が無い訳では無かったが、話を続けた。
「今回の、神子召喚は異例中の異例だ。まず、本来は召喚が必要な事態=結界の崩壊は起こっていなかった。そして、召喚された人物が二人いた。どちらが本当の神子様で、どちらが巻き込まれた者なのか、それを判定する前に一人が封じられてしまった。だから、封じられた方を本当の神子様、として扱って来た。だが、その前提が間違っていたとしたら?」
「は?だって、北の砦で、結界を修復したのは、キッカじゃ無いっすよ。」
「断言出来るのか?キッカが何もしていない、と、お前は証明出来るのか?」
最前線で白兎の魔物と戦っていたレイバンには、あの時、何が起こったのか、全く見当もつかない。おまけに”していない事の証明”、そんなのは不可能だ。
「だけど、」
「キッカとハルヒ様は常に一緒にいる。どちらが力を使ったかなんて、判断できないだろう?しかも、ハルヒ様は眠られたままだ。眠っている人間が結界の強化をした、と言われるのと、それをしたのはキッカで、実はキッカこそが本当の神子様だった、と言われるの、どちらの方が信じられる?」
「でも、」
「その上、魔物を従えているのはキッカだ。召喚者が二人いたなど知らない世間一般から見れば、彼女が神子様だろう。」
その場の三人は言葉を失った。そう説明されれば、納得できてしまうのだ。
橘花の表情が困惑の色を浮かべる。
「でも、本当に私には、」
「ああ、ヨハン王子から聞いている。間違いなく本物の神子様は、ハルヒ様だ。首飾りで封じられる前を知っているからわかる、そうだ。恐らく、神官長も分かっていたから、ハルヒ様に首飾りを着けさせたのだろう。だが、封じられている今、彼女の力を証明することは出来ない。だからこそ、王妃一派はキッカが真の神子様だと事実を捻じ曲げて来たのさ。」
「では、どうしてその策略に乗って、キッカ様を神子様と偽るのですか?」
静かにミランダが問いかけた。
「キッカには神子様として、王都に戻り、諸外国との交渉の場に立ち会って欲しい。
なに、同席するだけでいい。交渉等はヨハン王子がする。発言を求められても、言葉が分からない、と無視していれば良い。」
「ですから、何故、キッカ様がそのような事をしなくてはならないのです?」
ミランダは追及の手を緩めない。当事者の橘花がハラハラする中、子供を守る母親のようにミランダは、厳しい顔で赤騎士隊隊長を見つめる。
「はぁ。俺も頼まれただけで何も知らねぇ、と言えれば楽だったんだけどな。ヨハンの野郎、きっちりこっちも巻き込みやがった。
あー、先代神子様の結界が強固で、平和な時代が続いていただろ。我が国がいつまでも盟主顔しているのが、気に食わないって国がいくつか出てきてる。そこへ来て、このスタンピードだ。うちの優位を保つための自作自演、と思っている国もある。まあ、ある意味、そう、っちゃそうなんだが。国としてそんな事を認める訳にはいかない。で、神子様にご登場願って、黙らせよう、ってすんぽうだ。どうだ、キッカ。頼まれちゃくれねぇか?」
そう言った赤騎士隊隊長イザークに、青ざめたままの橘花は、告げた。
「お断りします。」




