過程観察記録No.006:重要会話記録No.001:
「メメント・モリ」
ラテン語の「死を忘れるな」という警句。
西洋美術においてこれを示すためのモチーフとして
頭蓋骨や散りゆく花、砂時計などが用いられる。
しかし、現代の日常生活においては、
人を轢き殺す自動車や、肉を捌く包丁が
現代を生きる人々にとって
なによりのメメント・モリかもしれない。
〈観察記録No.006〉
AM7:00
時点Aにて、四ツ葉と五十嵐、起床。
〈会話記録No.014〉
AM7:15
会話開始。
「いろいろとおかしくない?」
四ツ葉がそう訴える。
ダイニングテーブルに相変わらず居座っている、蓄音機に向かっての訴えである。
寝起きで開口一番「ちょっと話し合おう」となって、四ツ葉・五十嵐揃ってテーブルを囲っている。
「まず1つめ、死ぬのは1ヶ月後じゃなかったの? って話」
「……以前にも答えたが、不明だ」
「「…………」」
ふたりして、訝りの視線を蓄音機に注ぐ。
「仕方が無いだろう、私に与えられているレコードには、その情報が無い」
「役に立たないレコード……」
「面目ない」
三人揃って嘆息した。
「んじゃ2つめ、なんで五十嵐だけ死にまくってんの? あの時言ってたことに従うなら、自分も死んでなきゃおかしくない?」
『このレコードによれば、1カ月後にお前たちは死ぬ』
そう言ってたはずでしょ? と、四ツ葉は問い詰める。
「運命を選んでいるのは【横の糸】なのだから、そうなる理由も【横の糸】が知っている筈だが……」
「そうなの?」
四ツ葉に視線を向けられて、五十嵐はバツが悪そうな顔をした。
「あ”~……だって、ほら。四ツ葉が死んで五十嵐だけになったら、やり直しがきかないでしょ? だから、そういう【糸】を「選んでるってこと?」そうだけど「判るのか!?」……まぁ、なんとなく?」
「……なんてこった」「驚いたな」
つまり五十嵐には、ぼんやりながら未来が判るということになる。
「って、なんでお前が驚いてるんだよ」
「このレコードに記されているのは、“世界”は【縦と横の糸】が組み合わさり出来ているという事、そして、お前たちはその交差点のうち1つだけを見つけ出さねば1ヶ月後に死に至るという事、それだけだ」
(ヤバい、存外何も知らねぇなコイツ)
「そんで……3つめ、そもそもなんで死にまくってるんだ?」
「1ヶ月後と言わずに、最早“世界”が、お前達を殺そうとしているのかもしれん」
「なんだそりゃ!? “世界”が、って……」
「というか、運命だね。五十嵐たちの」
五十嵐らしからぬ、暗い声色だった。
「え」
五十嵐は、しまった、と言わんばかりの顔だ。
「……でなきゃ、こんなにハズレの糸を掴まされるはずがないからね。そもそもハズレの糸が存在してる時点で、もう殺意があるってことじゃない?」
「確かにな。お前達が生き残るか否かという瀬戸際に立たされている事自体が、まずおかしいか」
「となると」
四ツ葉が溜息交じりに愚痴る。
「ヤルダバオトさえ出てこなけりゃ、自分たちの安寧は保たれてたのになぁ。こうして五十嵐が死にまくることも無かったはずで」
「四ツ葉……」
「私の所為にしないでもらいたい」
「ハァ……とりあえず、また朝ごはん作ってみるよ。世界線が変わってから、まだ料理を試したことなかったでしょ」
AM7:18
会話終了。
AM7:33
五十嵐、足を滑らせた拍子に電源コードを引っ掛けた結果、電気ケトルの湯を全身に浴びて死亡。
四ツ葉により、時点Cへ時間遡行。
累計経過時間 2時間24分
会話記録数 15