“1ヶ月後”
「モールス符号」
短点(トン、・)と長点(ツー、-)を組み合わせて
文字を表現する符号化体系。
一般的には、欧文モールス符号がコードとして用いられる。
白い病室のベッドで眠る五十嵐。
「ねぇ、そろそろ起きてほしいんだけど」
それを見て泣く四ツ葉。
「自分は五十嵐が居ないと嫌なんだ」
もう解っている。
ここがこの“物語”の終着点だと。
ここで、儀式が執り行われることを。
窓から、風が吹いた。
五十嵐が、ほどけてゆく。
四ツ葉と同じ姿の、性別も無いからだが、ほどけてゆく。
ほどけたからだが糸となり、その糸が絡まってゆく。
絡まった糸は、半分に切られた「林檎」の形をとった。
四ツ葉は、その半分の「林檎」を手に取ると、迷いなく食べた。
齧った。咀嚼した。嚥下した。
泣いた。
五十嵐が居ない事、五十嵐がこの“1ヶ月”で受けた痛み、そして四ツ葉への想い。
それらを理解して、泣いた。
その様子を、“観測”している。
境界線上に立ったその者は、窓から身を乗り出した。
「一緒に来て」
十文字家の玄関。その床に、蓄音機が置いてある。
四ツ葉は、土間に立っている。
【調律師】も、立って壁に寄り掛かる格好でその様子を見守る。
「私を消してくれ」
ヤルダバオトは懇願した。
「“物語”を■■■■■■■■動かす【舞台装置】として、私はなんら機能していなかった。それは何故か?」
ピシ、と、なにかが罅割れる音がした。
「その所以を今、ようやく理解した。私は、はじめから“舞台装置”などでは無かったのだ!」
金色のホーンに、亀裂が走ってゆく。
「お前達ふたりに降り掛かる破滅を振り払う【機械仕掛けの神】を気取った、哀れな【偽物の神】だったのだ! ただお前達を陥れる為だけの存在だったのだ!」
ホーンのメッキが剥がれ落ち、銀色が露わになる。
「“物語”の存在は、私に危害を加える事ができないが、【観測者】と共にある今のお前なら、私を破壊できる筈だ」
落ちたメッキは、金色の涙でできた水溜まりの様だった。
「この“物語”において、アナタは不可欠の存在だった」
【調律師】が、壁から身を離して2、3歩、歩み寄る。
「安心して。アナタはちゃんと“舞台装置”として機能してたわよ」
少し屈んで、【調律師】は蓄音機を持ち上げる。
「アタシが言うんだから、間違いないって! 【偽神】でも、その心意気がありゃ良い神サマよ」
ピンヒールのサンダルで蓄音機を抱えても、まったく揺らがない彼女が、こちらに向き直る。
「行きましょ、【境界線上の九十九神】」
【九十九神】は、玄関扉のドアノブに手をかけた。
振り向く。
今、きっと、【九十九神】にとって大切な光景が広がっているはずだ。
大丈夫、と誰かが言った。
【九十九神】は、“扉”を開ける。
Title:タペストリーと喋る蓄音機
Theme:相互作用
Type1:メタフィクション
Type2:SF
参考
・『世界は時間でできている――ベルクソン時間哲学入門(平井靖史)』
・(大学での哲学の授業)
無粋かもしれませんが、書いとかないと多分ヤバいので……




