過程観察記録No.049:この“世界”の時を止めるということ:・
「死の人称性」
ウラジミール・ジャンケレヴィッチ提唱。
「人間の死」に人称を与え、その属性を分類する考え方。
一人称の死:自分自身の死
死んだらそれきり、とはよく言うが、
それがよもや今来るとは誰も思っておらず、
かといってそれを知るには自分自身で死ぬ他にない。
二人称の死:親しい人の死
悼める人の死は、癒える癒えないにしろ
ずっと心のどこかで残り続ける。
それはやがて、メメント・モリを突き付けるのだ。
三人称の死:他人の死
ありきたりなニュースや、フィクションに見る死は
あっさりと我々の頭の中を流れて過去になってゆく。
〈観察記録No.049〉
AM7:00
時点Aにて、四ツ葉と五十嵐、起床。
五十嵐により、世界変動率が変更。
〈会話記録No.105〉
AM7:00
会話開始。
「四ツ葉?」
意識が覚醒するなり、五十嵐が跳ね起きて怪訝な顔をする。
「もう、ダメか……そうなのか」
「いや発狂してないから。逆だから」
諦めたのだと早合点した五十嵐を四ツ葉がツッコんで抑える。
「答えを、見つけたんだ」
「ホントに!?」
五十嵐が目を輝かせる。
(……狙い通りだ)
この、どうしようもない運命から逃れるには、五十嵐も見ていない未来を目指すべきだから。
「で? で? どうするの?」
五十嵐はベッドから身を乗り出す勢いだ。
「世界の時間を止める」
「……え」
五十嵐は目を剥いた。
「できるの? 【調律師】は、時間を止めることはできないって言ってなかった?」
「…………できるさ」
「四ツ葉?」
苦境から抜け出す解決策――つまりは吉報の話をしているはずなのに。
四ツ葉の表情は、重苦しいものが張り詰めていた。
「行こうか」
「? うん……」
ふたり、ベッドを抜け出てリビングダイニングへ。
「何をする気だ、【縦の糸】」
金色のホーンから流れるクリアな声は、警戒の色を帯びていた。
「お前さえ出てこなければこんな事にはならなかった……今でもそう思ってるけど、今だけは、その記録に感謝するよ」
「礼を述べると言うには、声音が剣呑だが」
それには特に反応することなく、四ツ葉はキッチンへ歩く。
その足取りは震えていた。四ツ葉の呼吸は、浅くなっている。
そうして、四ツ葉は、包丁を握った。
震える刃先が、重ねられていた食器で雑音を奏でる。
――四ツ葉が、五十嵐と蓄音機のほうへ向き直る。その相貌には、鬼気迫るものがあった。
「まさか」「四ツ葉?」
「これでいいんだ! これで!!」
本能を理性で無理矢理押さえつけて、
その逃げ出したくなるような行為を実行に移すため、
自ずと狂乱した視線と叫びを撒き散らして、
十文字四ツ葉は、包丁で自らの頸を――【縦の糸】を、断った。
AM7:03
会話終了。
累計経過時間 9日20時間50分
会話記録数 105
これは現実ではないが、純然たる虚構でもない。