過程観察記録No.037:重要会話記録No.005:
『時間はアナタの思うまま、よ』
【調律師】の言葉を信じるなら、【横の糸】である自分は何でもできるはずだ。
それこそ、時を止めることだって。
『時間って止められると思う?』
『答えはノー。止めらんないのよ』
『なぜなら、止まり続けなきゃいけないから』
だが、時間を止めるということ自体がナンセンスらしい。
……自分は、時間を止めたいのだろうか。
五十嵐と、ずっと一緒に居れたらいいって、それだけなのに。
――それなら。
〈観察記録No.037〉
AM7:00
時点Aにて、四ツ葉と五十嵐、起床。
五十嵐により、世界変動率が変更。
〈会話記録No.084〉
AM7:00
会話開始。
家のベッドの上で、朝の目覚め。
思えば、未だに午前からすら抜け出せていない。
「おはよう」
四ツ葉は努めて明るく、そう言った。
作り笑いに、空元気の声。
「……おはよう」
瞼を開いた五十嵐は、これから自分がされる事と、自分が置かれる状況を、理解しているようだった。
「ごめんね」
四ツ葉は、隣に体を横たえる五十嵐の顔に、手を乗せた。
五十嵐の呼気が、手のひらで感じ取れる。
「別に」
とっくに諦めきっているからなのか、笑いすら含んだ言葉だった。
これから起きることも、無駄だと見えてしまっているのだろう。
「おやすみ」
ふたりで、目を閉じる。
――五十嵐の時間が、糸となって四ツ葉の瞼に浮かび上がる。
(思った通りだ)
【縦の糸】は、他者の時間にも干渉できるのだ。
(これなら――五十嵐の時間の流れを遅くできる!)
手のひらに受けていた五十嵐の呼気が、感じ取れなくなる。
呼吸が止まったわけではない。四ツ葉と比べ、遅すぎて感じ取れないだけだ。
五十嵐に流れる時間が遅くなっただけで、ちゃんと呼吸はできるし、酸素は行き渡る。
五十嵐は、ただ、眠っているだけの様にみえた。
「それでよいのか? 【縦の糸】よ」
「善い選択、だとは思う。でも……すぐに耐えらんなくなるだろうな」
「これからどうする気なのだ? 1ヶ月後まであと29日と14時間50分あるが……」
「さぁね……発狂しそうになるその時まで、ココで五十嵐と一緒に、思い出話しとくよ」
AM7:02
会話終了。
AM7:02
五十嵐、四ツ葉によって時間が遅延。
以降、この時点を時点Hと呼称。
AM7:25
四ツ葉、徒歩でコンビニエンスストアへ向かうために家を出る。
AM7:35
四ツ葉、最寄のコンビニエンスストアに到着。
AM7:40
四ツ葉、インスタント春雨スープ1個、おにぎり1個を購入。
コンビニエンスストアを出る。
AM7:50
四ツ葉、帰宅。
AM7:55~AM8:05
四ツ葉、朝食を摂る。
AM8:10
四ツ葉、昨日の衣類を洗濯機に投入。
洗濯機、稼働開始。
四ツ葉、風呂掃除を開始。
AM8:20
洗濯機、洗濯終了につき稼働停止。
AM8:30
四ツ葉、風呂掃除終了。
四ツ葉、冷蔵庫から麦茶を取り出してグラスに注ぎ飲む。
AM8:35
四ツ葉、洗濯された衣類を洗濯機から取り出す。
AM8:40
四ツ葉、洗濯された衣類をテラスへ運ぶ。
AM9:00
四ツ葉、テラスにて洗濯された衣類を物干し竿に干す作業を終了。
AM9:30
四ツ葉、寝室にて就寝。
PM6:20
四ツ葉、起床。
PM6:21
四ツ葉、排尿のためトイレへ移動。
PM6:22
四ツ葉、トイレから寝室へ戻る。
PM6:30
四ツ葉、テラスへ移動。洗濯された衣類を取り込む。
PM7:00
四ツ葉、取り込んだ衣類を規定の収納場所へしまう。
AM0:00
四ツ葉により、時点Hへ時間遡行。
累計経過時間 1日2時間9分