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過程観察記録No.036:重要会話記録No.004:・

「永劫回帰」

フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ提唱。

世界が生じて滅び、また生まれた世界では、

以前の世界とまったく同じ事象が繰り返されるという。

そして今の世界が消え、また世界が生まれたとしても、

その世界は、再び同じ事象を繰り返す。


果たして斯様な営みに、意味はあるのか?

〈観察記録No.036〉


AM9:09

 時点Gにて、四ツ葉と五十嵐、覚醒。

 五十嵐により、世界変動率が変更。




〈会話記録No.083〉


AM9:09

 会話開始。




 「まったく、呆れたものね」

 教諭の机に、ガシャンと蓄音機を置きながら、【調律師】は言う。


 「だって、こうでもしていかないと。時間稼ぎは気休めだとしても必要なんだよ」

 まさにその気休めが欲しいんだから、と五十嵐は付け加えた。


 「未来が見えている、とは言うが……具体的に、何が見えているのだ、【横の糸】よ」

 ヤルダバオトが一気に踏み込む。それに対して、五十嵐は。


 「何の意味があるのさ、その質問」

 トリッキーに突っぱねた。

 「五十嵐? ちょっと何言って……」

 「言ったって無駄なんだよ。わかるでしょ、四ツ葉」


 言われて考える。

 糸が1本しかないと言う事は、世界に分岐点など無くて、すべてが予定調和という事になる。


 「ま、具体的に言ってあげるなら……ずっとこんな調子で死に続けるんだよ、1ヶ月」


 ずっと、五十嵐が死に続ける未来だけがある。

 そして、それは絶対的に変えられようも無い。

 ……五十嵐が感じた恐怖は、想像するに有り余る。


 「……言いたくなかった理由は、なんとなくわかった」

 「いーや、わかってないね。本当に見た通りに、ジタバタして、そんでやっぱり死ぬんだもん」

 「え?」

 「世界変動率が変更されることすら織り込み済みの世界じゃ、何しようが無駄ってもんなんだよ」

 「そこまで見えてたの?」

 「ニーチェの云う永劫回帰、その体験と理解をしているようなものだな」

 「そりゃあ、すべてを諦めてただただ時間が過ぎるのを待つだけのスタンスになっちゃうよなぁ……」


 「で、憔悴してると。全然ダメじゃない」

 子供の失敗を見守る親のような笑いを含む声で、【調律師】が言う。

 「これじゃあ例の1ヶ月後の日を迎えたとして、五十嵐は廃人になってそうね」

 「五十嵐の前で言うのやめてくれます?」

 五十嵐が、四ツ葉の服を掴んで制した。

 「別にいいって……実際そうなんだし」

 「それに、アタシは味方だしね」

 机に座って脚と腕を組みながら、金髪のひとはいけしゃあしゃあと言ってのけた。

 「だったら、早くどうにかする方法を教えてくださいよ」

 「ダメよ~ダメダメ。どんな教師もすぐに答えは教えないものよ?」

 チッチッチと人差し指を振りながら、【調律師】は揶揄(からか)うように言う。

 「教えるのは、あくまで問題を解くための道具とその使い方」


 「時間って止められると思う?」

 【調律師】が、唐突に授業を開始した。

 「……? なに、急に」

 「答えはノー。止めらんないのよ」

 「なんで? 時よ止まれ! って、よくあるセリフじゃない?」

 ねぇ? と、五十嵐と顔を見合わせる。

 「なぜなら、()()()()()()()()()()()()から」

 「あ~……?」

 「時間が流れるのも止まるのも、どちらもそれを続けなきゃいけないという点で同じ」

 「持続しているということか」

 「そ。まさしく絶え間なく流れる音楽のようにね。レコードプレーヤーなんだからわかるでしょ? アンタは」

 「(わたくし)が担うのはあくまで記録だ「はいはいわかったから」」

 「なんかヤルダバオトの扱い雑じゃない?」

 「気のせいでしょ……や、まぁ、妥当な扱いですらあると思うけどね、詐欺師だし」

 「なんだと?」

 「少なくとも【横の糸】に、運命を選ぶ力なんてない」


 最初にヤルダバオトが言っていたことを思い出す。

 『それら【縦と横の糸】になるということは、時間と運命を選べるようになる、ということなのだ』

 だが実際には、糸は1本しか無かった……。

 「確かに嘘はついてるな」

 五十嵐が、金色のホーンを睨みつける。

 「ま、これは渡された情報が限られてたことによる誤謬(ごびゅう)だし、まだ許せる範囲じゃないかしらねー」

 「……【縦の糸】となった四ツ葉は、確かに時間遡行している」

 「確かに【縦の糸】はちゃんと機能してるっぽい。本来なら、時間と運命は、“世界”をつくる2本の柱として、等価値でしょうね。だけれど、“この世界”では運命の選択権なんて無いのよ」

 「ならば、現状を打破する鍵を握るのは……」

 「残されたもう1本の柱――【縦の糸】、四ツ葉(■■■)なのよ」

 「自分が?」「四ツ葉が?」

 視線が一斉に、四ツ葉に集まる。


 「話を戻しましょうか。時間は持続している、とは言ったけど……世界そのものに時間は無いの」

 「は?」

 「時計かなにかで()()するか、持続を()()できる意識が無いと、時間は存在を認められないからよ」

 (あれ? 随分話のレベルが高いな!?)

 「……ん? 持続してる時間が無いって言ってるのに、それを体感しろってか?」

 「そこはちょっとだけ因果が逆なのよね。正確に言うなら、意識の体験があって初めて持続が生じるって感じ」

 「……ならば、()()()()()()()()()()()()()ということか?」

 「ただ記録するだけの機械にしちゃあ物分かり良いじゃない」

 「シンプル悪口!」


 「さて、これ以上は答えになっちゃうだろうから、アタシはお暇しますかね~」

 「え」

 「だいじょぶだいじょぶ。もう考えれば辿り着ける筈よ」

 【調律師】がひらりとスカートを翻して、ドアへと向かう。


 「時間はアナタの思うまま、よ」

 カツ、コツ、カツ、カチ、コツ、カツ、コツ、カチ。

 ヒールの音は、わけもなく秒針に溶けていった。




 「うっ!」

 「いやキリが良いからって死ぬな!!!」




AM9:14

 会話終了。




AM9:14

 五十嵐、心臓発作により死亡。

 四ツ葉により、時点Aへ時間遡行。

累計経過時間 9時間9分

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