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過程観察記録No.025:重要会話記録No.002:-

〈観察記録No.025〉


AM8:20

 時点Eにて、四ツ葉と五十嵐、覚醒。

 五十嵐により、世界変動率が変更。


AM8:23

 地震発生。


AM8:25

 地震火災発生。


AM8:26

 家屋倒壊。

 四ツ葉と五十嵐、世界変動率変更の影響により殺傷を回避。

 四ツ葉と五十嵐、避難所への移動を開始。


AM8:29

 ブロック塀が倒壊。

 四ツ葉と五十嵐、世界変動率変更の影響により殺傷を回避。


AM8:36

 避難所へ移動中の車が通過。

 四ツ葉と五十嵐、世界変動率変更の影響により殺傷を回避。


AM8:40

 余震発生。

 四ツ葉と五十嵐、世界変動率変更の影響により殺傷を回避。


AM8:49

 道路が陥没。

 四ツ葉と五十嵐、世界変動率変更の影響により殺傷を回避。


AM8:55

 余震発生。

 四ツ葉と五十嵐、世界変動率変更の影響により殺傷を回避。


AM9:00

 四ツ葉と五十嵐、指定避難所の小学校体育館に到着。

 以降、この時点を時点Fと呼称。




〈会話記録No.070〉


AM9:00

 会話開始。




 「ねぇ、大丈夫?」

 「そっちこそ」

 慌てふためく避難民でごった返す体育館の片隅で、壁に凭れて体育座り。ふたりは、いやに冷静になってしまっていた。


 「……そういえば」窓から槍に、五十嵐が弾かれたように顔を上げる。

 「なに?」

 「家壊れちゃったけど、ヤルダバオトはどうなったんだ?」

 「あ~………忘れてた。五十嵐のことで頭がいっぱいいっぱいで」

 (五十嵐のこと、って言うよりは、死に方が脳裏にこびりついて離れないって感じだけど)


 首に刺さる包丁。

 砕けた頭蓋。

 躰を貫く鉄骨。

 潰されてひしゃげた身体。

 火傷で引き攣る肢体。


 痛い、五十嵐を、全部ぜんぶ、覚えてる。


 「今頃ガレキの下でグシャッてなってんだろな~……」


 「誰がだ?」聞き覚えのある、やたらクリアな声だった。

 「は?」「え?」


 「どーも~お届け物でーす」

 金髪をまとめたひとが、蓄音機を抱えて歩いてくるではないか。 

 ガション! と音を立てて、ふたりの眼前、床にヤルダバオトが鎮座する。

 「ふぃ~、重たくってねぇコレ。あ、ちょっと休憩するから座らせてね」

 蓄音機を床に勢いよく下したそのひとは、そのままふたりの横で壁に(もた)れ、ピンヒールのサンダルを脱いでくつろぎ始めた。……こんなサンダルでヤルダバオトを運んできたのだろうか?




 「(わたくし)は【舞台装置】だからな。少なくとも存在は保証されておる」

 「あー……。一番最初にも、なんか言ってたっけねそんなの。なんなの?」

 「“物語”を■■■■■■■■(本来あるべき姿へ)動かす存在、それが(わたくし)【舞台装置】だ。そのような存在が“物語”に翻弄されてはお笑いであろう?」

 「“物語”って……まぁ、今の五十嵐たちがファンタジックな状況にいるのは認めるけど。あんまりいい気分じゃないぞその物言いは」五十嵐はちょっぴり機嫌を損ねた。

 「え、ツッコむのそこなの?」

 「え? だって今の五十嵐たちはちゃんと必死で生きようとしてて、それを“物語”に――ふざけるなって思うね」


 (―――)


 (え?)

 (今、自分(■■■)は、何を考えた?)




 四ツ葉(■■■)が動揺していることを他所に。

 「ま、その……必死で生きようと……してるんだけど……」

 五十嵐の表情は、どんどん曇ってゆく。

 「(わたくし)レコード(記録)に、お前たちのこれまではすべて記録されているが……まさしく“世界”に殺され続けている、というのが正鵠を射る」

 「ねぇ五十嵐、死ぬにしてももうちょいマシな死に方選べないの? 五十嵐が惨たらしくしんでくの、ツライんだけど」

 「そうは言ったって……。………。……未来、全部、見えるわけ、じゃあ、ないんだよ」

 どうにも歯切れが悪い返事だった。五十嵐らしくない。

 「時間遡行しなきゃだから、四ツ葉を死なせるわけにはいかない。せめて五十嵐が死に続けるしかない。でも、未来は…………おぼろげにしかわからない」

 五十嵐が膝を抱えて、顔をうずめてしまう。無理もない。自分で決めた献身だとはいえども、もう20回は死んだのだ。一度死にかけるだけでも人としてなにか壊れるかもしれない恐怖なのに、その記憶に刻まれたダメージは計り知れなかった。




 「………ヤルダバオト、なんとかしt「うむ、よくぞ訊いてくれた」食い気味に言うくらいならはじめから言ってよ……」

 「ここまで記録を続けてきて、予測できたことがある」

 「予測?」

 「そう、()()()()()()についてだ」

 「「……」」


 『このレコード(記録)によれば、1ヶ月後にお前たちは死ぬ』

 この言葉が盛大に裏切られている現状を思い出して、ふたり揃って眉間にしわが寄る。


 「只今の時刻はAM9:03。間違いないな?」

 「ん? ……あぁ、うん」

 体育館にありがちな、金属格子に守られた時計を見て、五十嵐が頷く。

 

 「(わたくし)のこれまでの記録と合わせて、実に8時間3分。8時間3分だ」


 「……なにが?」

 「今朝、お前たちふたりが目覚めてから、時間遡行を繰り返し、生存していた時間。その累計だ」

 「……まさか」

 四ツ葉(■■■)の顔がサッと蒼くなる。


 「その累計時間が()()()、ってこと?」


 「無論、まだ予測だがな。だが、この記録に意味を求めるならば、そうとしか考えられぬ。そして、1ヶ月=720時間だ。現時点での経過時間を差し引けば、残り約713時間」

 「え、なに、つまり……あと713時間死に続けなきゃいけないの? 五十嵐は。ていうかまだ1日も経ってないの?」


 (これまでの8時間だけ(()()と言うのも憚られるが)でも、相当気が滅入る経験だったのに、これをあと700時間は繰り返す? 考えるだけで途方もない)

 自分がこの有り様なら、五十嵐はどうなってしまうのだろうと、四ツ葉(■■■)が五十嵐を窺うと――


 体育座りのまま、溜息をつくだけで……驚くほど落ち着いていた。

 (え?)


 「……五十嵐?」

 「なに?」

 混乱する避難所の喧噪に、まったく太刀打ちできない声。

 「大丈夫……じゃあ、ない、よね」

 「ごめん、そうだね」

 「なにを謝ってるの……」

 「……見つからないんだ、未来。四ツ葉の横に、五十嵐も居る未来が」


 痛い、沈黙。


 なんとかしたいという想いが、言葉になる前に。

 どうにもさせまいという“世界”の現実が、それを喉で潰してくる。





 「不安なの? 未来」

 空気を全く読まない、つややかな声。

 いつのまにかサンダルを履き直し、立ち上がって背伸びをする、金髪のひと。

 (突然、自分たちの話に割り込んでくるなんて)

 「アタシ、“金色”だからね」

 堪え切れない様子でクスクスと笑いながら、肩にかかった長髪を、豪放な仕草で払う。


 「だから言わせてもらうんだけど……アナタたちは今、サビに入ってないのよ」

 「さび?」「あぁ、音楽のよ?」


 どうしてだろう、ヤルダバオトが、自分たちが置かれている現状を“物語”と言ってのけたような、そんな喩えをしているのに、不思議と五十嵐は怒ることは無かった。


 そのひとは、四ツ葉(■■■)を覗き込んでこう言った。

 「【アナタ】がどう思うかは……まぁわかんないんだけどさ」


 「待て、誰だ貴様は? 一体何者だ!?」

 ヤルダバオトが慌てふためく。

 「【舞台装置】のお勤めゴクロウサマって言っといてあげるわー。これからも細事漏らさず記録よろしく」

 「っな……!?」

 「理解(わか)った? アンタはアタシと同じ立場じゃないのよ……っと、いけね、ガラにもなく冷たいキャラやっちった」


 四ツ葉は尋ねる。

 「あなたは、いったい……」

 「アタシは【調律師】。一応、アナタたちの助けになる存在よ。だから、大きなヒントをあげるわ」

 【調律師】はしゃがみこんで、座ったままの四ツ葉の手を取り、その両手で包み込む。


 「何事も、スケールはひとつだけじゃない」


 そのまま、四ツ葉はその言葉を反芻する。

 「スケールはひとつだけじゃない?」

 「そ。キーをずらせば、似て非なるものになる」

 「あ~……カラオケの話?」

 うまく話が呑み込めないが、きっとそういうことだ。

 「たはは、そりゃそうか。まずはその理解でいいよ」

 もはや毒笑にすら感じる笑いを残して、【調律師】は立ち上がる。

 「まぁ気を悪くせずに。ちょっと考えてみてよ。そして、また会いましょ」

 そう言って、スリットスカートのひとは、悠々と去って行った。


 避難民でごった返す体育館の壁際に、【縦と横の糸】と、ヤルダバオトが残された。

 いつのまにか、五十嵐は瞳を閉じたまま、四ツ葉に体を預けていた。

 ……無理もない。ずっと凄惨に死に続けたのだ。メンタルが疲弊しているのだろう。

 (肩代わり出来たならどれだけ良かったか)


 その瞼に、なにが視えているんだろうか。




AM9:06

 会話終了。




AM9:04

 五十嵐、心臓発作により死亡。


AM9:10

 四ツ葉により、時点Fへ時間遡行。

累計経過時間 8時間10分

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