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触らせてくれないリスト

彼女はさも得意げに大学ノートを破いた紙切れをひらひらを見せながら揺れる電車に体を預けてこちらをみていた。


僕の隣に座った彼女をまじまじと意図せず見ることになったが、これはどこかのアイドルかモデルかそういった類の顔をした少女だということが分かった。


「あ・・・ジェミニのやりたいことが、その紙に100個書かれているってこと?」


僕は彼女の名前を必死に思い出した。


「そう、ね。ここに100個あります。でも、すでに何個かはやったから、あとは98個ね」


「まだ始まったばかりということか」


「そうよ。昨日から始めたの。だから、あなたは私とあと98個のやりたいことを叶えるまで家に帰れません」


どうだ、と少し興奮気味に鼻の穴を膨らませて彼女は僕の顔にずいっと近づいた。


あまり女性にこうして物理的に近寄られるのは慣れていたかったので、磁石のS極とS極が近づくと自然に距離をとって離れるように一定の距離を取った。


体が自然と彼女から離れていた。


僕は女性と正式にお付き合いしたことがない。


良いなと思ったり、好きかもしれないという女性は生きている中でいたけれども、だから交際をしたいとか自分のものしたいとか彼女になって欲しいとか思いを告白したいなんて、これっぽっちも思ったことがない。


ただ、自分の気持ちがそうであることを認識しただけで、天気が雨から晴れに変わるように、僕にとっては大して大きなことがではなかったらしい。


だからこそ、こうしてぐいぐいと力強く生きるこのジェミニというあだ名の少女は、ある意味では動物園の動物のような、テレビ世界の中の人のような、ある程度の一線を置いた向こう側の存在になっていたので、礼愛的な気持ちも沸かなかった。


ただ、物珍しさと僕の社会復帰へのリハビリの一種だと、今は感じていた。


そう、このときは。


「なんだか大変そうだな」


「うーん、そうかもしれないですね。でも、きっと100個達成できたら、きっと見える物があると思うんです」


そういう彼女は僕から視線を外して、どこか焦点が合わないところを見ていた。


反対側の色あせた布地のボックス席の座席でもなければ、どこでもない。


彼女はどこを見ているのだろうか。


「あ、そうそう」


彼女は春の天気のようにくるくるとテンションを変えてくる。


「敬語、やめても良いですか」


「ああ、別に良いよ。僕もずっと敬語じゃなかったし」


この少女は妙に礼儀正しいところがある。


「はーい、ありがとうございます。絶対に年上ですけれども、これからもよろしくお願いします」


「うん、よろしく」


彼女は手にしていた大学ノートの切れ端を大事そうに座席に置いて、その右手を僕に差し出した。


僕はそのまま彼女の手を握り、そして握手をした。


彼女の手は、太陽のように暖かく、三日月のようにか細く、小さかった。







「じゃあ、あの墓地で言っていた63っていうのが、達成した目標ってわけだね」


「うん、そう。でもまだ2つだけ。昨日から初めてまだ2つでしょう。先が思いやられるわ〜」


彼女はやれやれと言った風に伸びをして、自分で決めたことなのにどこか少し面倒臭そうだった。


「ちなみに、63はなんだったの?」


「え?それ聞いちゃう?」


「だめ、かな」


「別にいいよ。63はね、じゃじゃーん。旅をする!でした」


彼女は満面の笑みで答えた。


「旅か。もう今旅をしているし、叶ったね。ちなみに海は何番目?」


「海は14番目」


「もう一つ、叶っていたよね?」


「うん。それはね、えーと、35番」


そこまで言うと彼女は恥ずかしそうに、大学ノートの切れ端に顔を埋めた。


「35番は何の夢?」


「え〜、言わないとダメ?」


「だって、残りの98個を一緒に叶えないといけないのに、35番だけ知らないのは落ちつかないよ」


そうだね、確かにと彼女は納得して


「ポテチを好きだだけ食べる」


と小さい声で行った。


まるで幼女のようなその姿は、どこにでもいる普通の少女だと感じた。


ただ少しだけ気が強くて、偏見を持ちやすいけれども、情が深い女性なのかなと彼女の分析をしてみた。


少しだけ彼女を仲良く慣れた来したので、僕も調子に乗って


「ちょっとそのリスト見てもいい?」と、彼女が大事に握るそのリストに手を差し伸べると・・・


「ダメ!!!」


勢いよく突き飛ばされ、ボックスシートの背もたれに強く背中を強打した。


「あ、ごめん・・そんなつもりじゃ・・・」


彼女は明らかに焦っていたし、不安げな顔をしていた。


ただ、そのリストは胸元でしっかりと握り締められ、誰にも渡すまいという意志を感じとった。


「いいよ。別に、大丈夫。僕こそごめん、調子に乗った」


「・・・ううん。ごめんなさい」


彼女は僕の顔のどこかを見ながら不安定な発音でそう言うと、始めに座っていた斜め向かいの窓際の席に腰を戻した。


彼女の大事なリスト。


僕には見せてくれいリスト。


ボロボロの大学ノートの切れ端が2枚。


この旅は、最後はどのような結末を迎えるのだろう。


それから彼女は黙ってしまい、僕の方を見向きもせず、ずっと窓の奥の流れる景色を見つけめていた。


僕は手持ち無沙汰になったので、携帯電話で短期のアルバイトをまた探し始めた。


心の距離はお互いにすごく、すごく遠かった。


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