腹を刺される覚悟なんて一生できない
人間は究極の選択を迫られたら、どんな反応をするのが最善なのだろうか?
今僕は、キスをするか否かという2択に迫られている。
相手はこの大学で一年生にしてミスコンとなり、殿堂入りを果たした、高校時代の元カノだ。
誰もが羨ましがるほどの美貌とプロモーションを持つ彼女とキスをしたい人は山ほどいる。
お金を積んででも、美女と接吻をしたい人は、いくらでも出すのだろう。
かつて白澤さんと僕は、交際中に毎日キスをしていた。
付き合う期間こそ長くはなかったが、僕の一生分のキスは彼女だと思っている。
それは、彼女が僕にとって初めての相手だったし、これから僕が恋人を作らないので、最後の彼女だと言う意味でもだ。
彼女にとっての初体験が僕ではないのは、付き合ってから知らされた。
相手は僕よりも3つも年上の社会人だそうだ。
当時彼女は15歳で、16歳になる歳とは言えども早熟だったのは間違いない。
逆に15歳で初体験を迎えたのが遅すぎるくらいだ。
中学生時代に交際していた彼氏が、いかに欲望に耐えうる強者で、聖人だったのか想像するだけで不憫である。
そんな魅力的な彼女を目の前にして、キスを強要されて、断るやつがいるだろうか。
いや、いる。
この僕である。
例え偽の恋人同士であっても、その場凌ぎのキスは許されない。
しかし、しかし、だ。
白澤さんは別れた彼氏と揉めたらしく、ストーカーをされたり、ナイフを持ってアパートに襲撃されたりと、命を狙われている。
もしも、明さんと名乗るこの元カレの言う通り、キスの一回で事が収まるのであればそれに越したことはない。
ただ、それは本当だろうか?
僕が掻い潜りすぎなのかもしれないが、ナイフを持って脅す奴が、すぐに身を引くとは思えない。
要求がエスカレートするとしか思えないのだ。
それに、だ。
今ここは白澤さんの通う大学の学食で、不運なことに人が一番多いであろう昼の時間帯だ。
ここでキスをすることもできるが、周りのたくさんの目があるし、盗撮されていてもおかしくはない。
白澤さんの今後を考えると、ここでキスを披露するのは得策ではない。
「場所を、変えませんか?」
とにかく、こんなには人が多いところは避けた方がいい。
話し合いをするのも、関係者のみの方が事がスムーズに運ぶはずだ。
「お?よくキスする二人だけのスポットに案内してくれるのか?」
明さんは、嬉しそうに言った。
「そう言うわけではないです。話すなら、当事者だけで話したいだけです。場所を変えましょう」
僕は震える声を抑えながら、自分の強がりがばれないように最大限装った。
「行こう。ハルさん、アイカさんすみません。また今度ごはんしましょう」
「あ…う、うん…」
ふたりも内情を知っているのか、多くは言わずにそれだけ言った。
「白澤さん、どこか人気が少ないところ、知ってる?」
「う、うん…奥の第三講堂とか、いまは昼だし人もいないはず」
「オーケー。じゃあ、そこに行こう。明さん、移動お願いできますか」
「あぁ」
「行こう、白澤さん」
僕は白澤さんの手を握った。
それは、偽恋人としての演出と、元カレとしての償いと、人としての防衛だった。
彼女にどれが伝わったのかは分からないが、手を握った時、思った以上に震えていたのが、すぐに弱まったのはそのお陰かもしれない。
場所を移動したあとのことは何も考えていない。
(さて、ここからどうするか…)
果たして僕は彼女を守りきれるだろうか?
ナイフで刺されたたときのイメージを持ちながら歩くだけで、お腹が痛み出した。
いくら覚悟をしても体は悲鳴を上げるだろう。
僕らは人気の少ない講堂へと静かに動き出した。
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