どうしてこうなったのか。元恋人の家のベッドで手を繋いで顔を見合わせている
どこかで聞いたことがある話だが、”死体は運ぶのにとても重い”らしい。
その理由までは聞いたことはないが、そんな無駄な知識が僕の頭の中に一瞬だけ流れた。
ともすれば、死体と酔っぱらって自力出歩けない人はどちらが重いのだろうか。
自分で歩けないだけで、まだ酔っ払いの方が軽いのだろうか。
そんなことを考えながら完全に沈黙した白澤さんを担ぎながら歩いていた。
すれ違う人は、「まぁ、若いのにお酒で潰れちゃったのね」とか「男の人が女の人を酔わせたのかしら」なんて目で見られていることを自覚していた。
「気がついたら白澤さんは潰れていたのです」と道行く人すべてに釈明をしたかったが、僕自信も若干の千鳥足を自覚しているので、そんな余裕はない。
なんとかこの華奢な女の子を安全なところに連れていくのが、僕の最大のミッションである。
ラブホテルに行くことも選択肢で一瞬頭を過ったが、そうした下心がないわけではないものの、あからさまに過ぎるので真っ先に消した。
もしも完全に白澤さんに僕とまたそういう関係になることを望んでいないのであれば、彼女を傷つけしまうことになるし、彼女に恋人がいるかどうかも聞いていない状況では、紳士的な行動ではない。
白澤さんは相変わらず美人で人当たりも良いので、大学でも注目の的だろうし、彼女を狙おうとする人は山ほどいると思う。
さらに言えば、大学は出会いの場だと聞いている。
僕は高卒で大学なんて行ったこともないが、たくさんの人がいれば、その分出会う機会も多い。
僕が入る隙なんて、そもそも最初から無かったんだ。
一人で悶々と考え事をしていたら、あっという間に白澤さんのアパートに到着した。
確かに豊洲という立地を考えると、駅から15分歩くと長閑な住宅街になって古いアパートや古民家がよく目につくようになった。
おそらく築年数20年ほどのクリーム色の五階建てアパートの三階に白澤さんの部屋がある。
彼女を家に入れたら、すぐに立ち去ろう。
寝込みを襲う勇気もそうした性癖も僕は持ち合わせていない。
残りの体力を振り絞ってエレベーターがないアパートの階段を三階まで登り始めた。
「ちょっと鍵をとるから鞄を見るね、ごめんね」
「ん…」
聞こえていなくても断りの一言を入れたが、ギリギリ白澤さんは反応してくれた。
それが僕の問いかけに対する反応なのか、寝言なのかは分からないが、一応断りは入れたからねと僕は心の中で罪悪感を消して、星のキーホルダーがついた鍵を鞄から取り出した。
(これって…)
三連の大中小のピンクの星がついた小さなキーホルダーは、僕が初めて白澤さんにあげたプレゼントだった。
(まだ持ってたなんて)
たまたま今日僕と会うので、つけているだけかもしれない。
そんなことを今考えている余裕はないし、寝ている白澤さんの真意はわからないので、思考することを辞めた。
ガチャリと金属が擦れる音がして、ドアを開くと真っ暗な部屋が現れた。
白澤さんの髪の匂いと同じ匂いがする。
僕は「お邪魔します」と小さく言って部屋に足を踏み入れた。
暗闇の中でも綺麗に整理された部屋だと分かる。
そう言えば、高校時代に付き合っているとき、何回かだけれども白澤さんの部屋に遊びに言ったことがあったが、その時も綺麗に整理された部屋だった。
(さて、どこに置こうか)
鍵は外から掛けて、ドアポストに入れて防犯的には問題ないし、その旨を書き置きしておけばいい。
この眠り姫を安全な領域にまで連れてきたが、さすがに玄関に置き去りにするのもどうかと思う。
(せめてベッドにまでは連れていくか)
腹を決めて、僕の背中におんぶされた彼女をベッドまで運んだ。
「…よいしょ…」
何だか長い1日だった。
新宿に服を買いに行って、なんとか時間をやり過ごして、一人では絶対行かないレストランに行って、大衆居酒屋に行って、酔っ払った彼女を家まで送り届けた。
すやすやと寝息を立てながら眠る彼女の寝顔を見ながら今日の会話や過去の思い出を思い出していた。
携帯電話を見ると、時刻は23時50分だった。
どこに行くかによるが、今からダッシュで終電に飛び乗れば間に合う。
(とにかく行くか)
腰を上げようとしたときだった。
今まで女性一人をノンストップでおんぶして歩き続けて階段を登った疲労とお酒で千鳥足になっていたことと、立ちくらみをしたことで、バランスを崩して、まさかベッドに大きく突っ伏した。
しかし、一番の理由はいつの間にか白澤さんが僕の手を握っていて、握られた手を上手くほどくことができずに、勢いでベッドに倒れてしまった。
彼女の睫毛の本数が数えられるくらいの顔の近さだった。
繋がれた手と手は、僕と白澤さんの間で固く握られていた。
うっすらと白澤さんの目が空いた。
そして、
「桶谷さん、今日は帰らないで」
そう唇を震わせた。
真っ暗な部屋の中。
かつて体を重ねあった元恋人たちが、終電を逃した時刻にお互いもう恋人同士ではないのに、ひとつのベッドの上で手を繋いで体をぴたりと会わせていた。
僕の体はお酒のせいか、火照りを増し始めていた。!
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