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試作品  作者: 明け弁
4/4

魔法

 ハイハイが出来るようになった俺は、毎日本の置いてある部屋に入り浸った。

 最初のうちは部屋に行く途中で母や使用人さんにベッドへ戻されていたのだが、しつこく向かうので、しょうがないと思ったのか部屋に入れさせてもらった。

 最近ではベッドから起き上がって動こうとする俺を見ると、母や使用人さんが部屋に連れていってくれるようになった。


 周りの人間からすると不思議でならないだろう。

 産まれて数ヶ月の赤ん坊が、一日中ずっと本を読みふけっている。言葉も分からないはずなのに。


「ノアは本の虫ねえ。」


 本を読んでいる俺の横で何度も母がそう呟く。

 母には最近、高い所にある俺には取れない本を取ってもらっている。

  勿論母にもやることがある訳で、一日中俺の隣にいるわけにもいかないので、いない間は使用人さんが隣にいてくれている。本を読んでいる時は使用人さんが不審がった顔つきでこちらを見てくるのであまり集中出来ないが。


 そんな感じで毎日ずっと読書しているのだが、肝心の魔法に関する本を読み始めたのは昨日である。

  その前までは面白そうなタイトルの本を手当り次第読んでいて、この部屋に来た目的を忘れかけていた。

  魔法に関する本は俺の見たところ上・中・下の三巻あり、まだ何も知らない俺は上巻から読んでいる。

  この本では魔法とは何たるかということと、初級魔法が書かれているようだ。

  俺はこの本で、魔法に関する簡単な知識を得ることが出来た。


  魔法は、体内にある魔力を放出させることで発生させるものだ。

  体内の魔力量によって同じ魔法でも威力が違ったり、使える魔法の回数が異なったりする。魔力量に個人差はあるものの、魔力自体は全ての者に存在しているらしい。

  魔法の種類は様々だが、火系統の魔法に秀でている人もいれば、水系統に秀でている人もいるので、そこも個人差があるという。

  魔法を使う方法は、集中し、手に力を込め、発動する魔法をイメージし、その魔法を口にすることだそうだ。

  てっきり「炎の精霊よ、我が力を受けし灼熱の〜」とか詠唱しなきゃいけないのかと思ってたから正直ホッとした。


 魔法の基礎知識はこんなところだ。

  ここからいよいよ魔法の発動か、と思ったが生憎俺はまだハッキリと発音することが出来ない。それでも出来るのだろうか。

 まぁ、物は試しだ。とにかく言ってみることにする。

  初期魔法の中で比較的安全なのは水の魔法だろう。

  詠唱は「アクア」だ。

  今の自分の滑舌はどんなものだろう。


  両手を前に出し、目を閉じ集中しながらイメージを膨らませ、力を込める。

  すぅーっと息を吸い、発音する。



「あうあー」




  何も起きない。

  やはり発音がハッキリしていないとダメなのか。


  言葉がダメなら、無詠唱では出来ないか?

  無詠唱で出来るのであれば言葉はもはや必要ではない。

  今度こそ成功なるか。


  さっきと同じように集中しながら手に身体中の力を込める。

 イメージを膨らませ、心の中で強く唱える。


(アクア!)




  何も起こらない。

 くそぅ。

  こうなったら、俺に出来ることは地道な発音練習のみ。

  研修中のアナウンサーの様に毎日努力せねばなるまい。


 そうと決まれば今日はもう戻ろう。

  さっきから手をかざしては変な声を上げ、シュンと落ち込んでいる奇妙な赤ん坊を「何やってんだこいつ?」みたいな目で見る使用人さんに耐えられないからだ。

  そんな使用人さんに抱き抱えられ、俺は寝室へ戻り、一日を終えた。



  次の日からは本を声に出して読むことに徹した。

  とにかくいろんな本を音読しまくって、正常な発音を手に入れる。それが出来れば魔法はすぐそこだろう。

  昔英語の先生が音読だァ!とか言ってたし、きっと効果はあるのだろう。


  そこから俺はひたすらに音読した。

  この頃から母の代わりに、エイヴァさんという使用人の女性が固定で俺の傍についた。

  エイヴァさんは物静かな人で、俺が発音している間も何も喋らずずっと読書をしていた。その方が俺にとっても楽なので助かる。





  音読をし続けているうちに、俺の発音は良くなっていった。

  最初は何を言っているのかも分からなかったが、今は簡単な言葉や会話なら出来るくらいだ。

 因みにこの頃から立って歩けるようにもなった。

  父と母、それに兄姉のリアムとエマは話している俺を見て

「この子は天才だ!」とか「きっと王になる」などということさえ言っている。言われて悪い気はしないが。


 しかし魔法の詠唱にはもっと確かな発音が必要だ。

  そう思ってそれからもずっと発音をし続けた。



―――――――――――――――――――――――――――


  そして、ノア・ロドリゲスが三歳を迎える頃、その発音は大人のそれと遜色ないものになっていた。

 言葉の覚えが早すぎるため、何度も家族にどうしてそうなったのかを聞かれたが、本で勉強したの一点張りで乗り切った。

 エイヴァさんは毎日俺の言葉を聞いていたため、今更あまり驚いてはいなかった。



  長かった。ようやく念願の魔法に取り掛かることが出来る。

  俺はいつもと同じように本を開く。

  しかし今回はいつもと違い、開く本は魔法の書・上巻。

  最初にした時と同じように手を前に伸ばす。

  手に全神経を集中させ、水のイメージを膨らませる。

 すぅーっと息を吸って、今度こそハッキリと発音する。



「アクア」



 すると、手の先に浮いた水の玉が現れた。

 成功だ。

 何これめちゃくちゃ嬉しい。

 死ぬほど嬉しいぞ、これ。

 今にもヒャッハーしたいと思ったその時、


 ガタンッと音がした。

  俺が魔法を成功させたことに気づいたエイヴァさんが、立ち上がってとんでもなく驚いている。

 そして、思いついたように部屋の外に急いで出ようとしている。

 きっと彼女は両親にこの事を直ぐに伝えるつもりだろう。

  そうなったら大変だ。

 両親は更に俺の事を天才だと思い、他の貴族や王に俺の事を自慢するだろう。

 そうなれば俺はとてつもなく大きい期待をされてしまう。

 それだけはやめてくれ!

 俺そんな凄いヤツじゃないから!


 そう思い、


「待って!」


 と叫ぶと、彼女は止まってくれた。


「この事は内緒にしておいて欲しいんだ。」


 エイヴァは両手を合わせて懇願する俺の目をじっと見てため息をつき、


「承知致しました。」


 と、呆れた声で言った。



 これで過度な期待をされずに済みそうだと、俺は心から安心した。


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