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84歳の寝たきり老人が竹細工で泣いたわけ ~情熱を失った時にはじめて人は老いる~

作者: すきづきん

 なすべきことは全て済んだ。あとは死を待つだけだ。


 病院のベッドの上で、84歳の藤本富三(ふじもととみぞう)は窓の外を眺めながらずっと考えていた。


 年末に弟が見舞いに来た時、孫がくれた一冊の本で余生が一変した。


 「前世を記憶する子どもたち」


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 私の両親の宗派は浄土真宗であった。宗教があるからと言って、何かするわけではなく、冠婚葬祭の時にどうするか決める程度で私の死生観は自由だ。だから、輪廻転生についてすんなり理解する事ができた。


 この本に書かれている内容は、子供たちが「亡くなった別人の記憶」を持った怪奇現象を多くの事例としてまとめ上げたものだ。全てが信用できるものではないが、何も知りえない子供たちが、傷やアザなどの身体的特徴が似ていて、亡くなった人の記憶が実際に合っている奇跡のような事が多く残されていた。


 私は戦慄した


 高校を中退してから工場で働き、妻と結婚し、2人の子を送り出し、今は不自由なくこの場所で生きていた。私は未来に残すものは全て終えて、ここから先は変わらないものと思っていた。しかし、輪廻転生という概念がもし本当にあったとすれば、まだ私にはやるべきことがあると思ったのだ。



 情熱を失った時にはじめて人は老いる



 私が若いころに働いていた工場長が言っていた言葉が印象に残っていた。工場長はすでに60歳を超えていたが、若々しく働いていて輝いて見えた。一方、送迎バスから降りた後の日中の商店街を見ると、高齢な方が歩いている風景を見る。

 私はその頃、ああいった老人にはなりたくないと思っていた。しかし、今の私はまさにそのなりたくなかった老人になり果てていた。支えたいもの、守りたいものが時代とともに離れ、未来が灰色になっていたのだ。



 情熱を持ち続ける限り、老いることない



 私がやり残したことはまだある事に気が付いた。それはこの悔いのない人生を共に歩んだ私の魂を次の世代により良く次ぐことだ。このまま弱弱しく私が亡くなって、次に移る時に弱弱しい赤子になってはその人に申し訳ない。この狭い病院の中で、私ができる事をやり、ピンピンコロリでバトンを渡すことが最後の恩返しになる。



 では何をすべきか。車いすや看護師の補助なしに移動することはできないこの体で、何ができるというのだ。



 輪廻転生の本に書かれていたことは、前世の記憶を持つ子供は大人になるにしたがって自然に忘れていく事が多かった。私が子供だった頃は、別の誰かの魂の影響でなにかしていたのではないのか?

 私が子供だった頃は、友人と一緒に森で遊んで秘密基地を作ったり、竹を結って小道具を作っていた。自我を持つようになった7歳から10歳の頃に無意識に行っていたことが、「私の前任者」が残した遺産なのではないのか。


 膝と腰が動かなくても、まだ指先は動かせる。食事以外に久しく使う事がなかったが、今の私には残された数少ない希望だ。窓から見える雑木林の中に転がっている竹を持ってきてくれるように看護師さんにお願いした。


 後日、届いた竹と小型のナイフをベッドの上の机に置き、竹細工を作り始めた。持ち上げて支える事すらままならないほど、腕の力は衰えていた。切れ込みを入れる事で精一杯であったが、自然と涙がこぼれた。



--これが80年前の前任者が伝えたかったことなのか



 子供の時の思い出と共に、あの時の純真さと希望にあふれたあの気持ちが蘇る。老いることが悪い事ではない、老いたと自覚し自ら希望を捨てることが悪なのだ。指先がすぐに疲れて力が入らなくなるが、心は折れなかった。その人から私は、子供の時に作った竹細工の手さげカバンを作ることを目標とした。


 作り方はもうとうの昔に忘れていた。しかし、指先が覚えている。昔楽しく何度も作った子供の時のあの記憶が、今この老人に蘇ってきたのだ。失敗と作り直しを繰り返しながら、3日かけて完成させた。



 完成したものが思っていたほど小ぶりだった。子供の時の私の視点から、80年の時を超えて今の私の視点に替わったのだ。



 たった一つの竹細工を作った事で、私の体に変化があらわれた。食事が次第に食べられなくなり残していたものが、今では完食する事が増えた。動かなかった左手の小指が、少し反応するようになったのだ。医師にそれを話すと、気持ちが若返って、体がそれに答えてくれたのだと話してくれた。まさにその通りだった。


 かばん一つ作った後は、記憶を頼りに文房具入れ、竹トンボ、ウサギの人形などを作りはじめた。同じ部屋やリハビリをする仲間に配っていくうちに、次第に私もやってみたいと声がかかり、集まって工作するようになった。それが一か月前のことだ。


 興味を持ってくれた看護師の紹介で、近所の子供たちを読んでくれたので私たちは工芸教室のような会を催すことができた。昔ながらの工芸を少しでも次の世代に残すことができたので、私はとても満足している。


 私はこの情熱が尽きぬ限り、来世に託す子と、この地域の子供たちに竹細工を作り伝えていく。




 この手紙を直接に渡してしまうと私は少々恥ずかしいので、担当の看護師にお願いし、来る日に渡すようにお願いをした。冨次に最後のお願いがある。私の机の引き出しにある、「前世を記憶する子供たち」の本を孫の勇樹に返してほしい。


 おじいちゃんは、君のその本のおかげで人としての心と情熱を取り戻すことができた。ありがとう


そう伝えてほしい。                           富三


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最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

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良かったら他の作品もトトトン!とみてくれると嬉しいです。


10年間IT業界で仕事していた時、尊敬する上司の一番印象に残った言葉が「情熱を失った時にはじめて人は老いる」でした。

25歳の私には当時理解に苦しみましたが、社長さんや年配者と交流する事が増えてからは人の本質であると確信しました。

スピリチュアルの霊魂ビジネスを入れたなろう「天性」小説を思いつく限り残していこうと思っています、よろしくお願いします!

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