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◇参◇(2)

4/12:更新しました

「あ、そういえば」


 立ち上がり歩き出そうと私に背を向けていた溯雨(さくしゅう)さんが、くるりと振り返った。

 ……と思うと、私のほうへずいずい近づき、こつんと私の額に彼が額を合わせる。


「!?」


 すう、と呼吸音が聞こえる。こんなきれいな顔のひとが、息のかかる距離にいるのが恥ずかしい。


 それに一体何なのだろう、熱でも測っているのだろうか。すぐに、ごめんなさいねと一言だけ言って離れていく彼の熱が少し恋しい。


 ……このひとが人間ではないことや、現世や幽世のことを理解しきれていない私は、せめて状況を受け入れるしかない。


だからこそ、今この瞬間この場所で私の存在を唯一知っている彼が、心の拠り所。

 離れていく体温への恋しさも、現世にいた時とは違う孤独感のせいに違いない。


 恥ずかしくて閉じていた目を開くと、外がやけに騒がしく聞こえる。


「貴女が寝ている間に、一つまじないをかけていたのですよ。一度にいろんなことが起こると混乱するでしょうから」


「まじない?」


 そうして彼は私の手を引いて、雨で湿り少し重くなった戸に手をかけた。


 目の前に広がった世界は、信じがたいもので埋め尽くされている。驚いて声が出ない。


 茶釜に足が生えているものもあれば、獣頭のものもいて、まるで人間のようにあたりまえのように出歩いている。かと思えばまるっきり人間と同じような容姿のものもいた。


 もしかして……これが他の妖たち?


「私がかけていたのは、目隠しのまじないです。敷地を出てすぐこれでは、人間は驚くでしょうからね。順を追って説明するために、前もって見えないようにしていたのです」


 まだ目をぱちくりさせて黙りこくっている私に、また彼はひとつひとつ教えてくれた。


 茶釜の妖や物が動いているのはすべて付喪神(つくもがみ)、人間に長く使ってもらった物たちに魂が宿るのだとか。

 獣頭は低級の比較的力の弱い妖で、人の形をとっているものは力が強かったり、由緒正しい妖の純血に近い者たち。


 そして力の強い妖は妖術と呼ばれる力が使えるという。溯雨(さくしゅう)さんが私にかけた目隠しのまじないも妖術らしい。


 ……まるっきりファンタジーだ。未だ目の前に広がる光景が信じがたい。


 でも説明してもらった内容のとおりであれば、溯雨(さくしゅう)さんはとても力の強い妖なのだろう。そんなひとに拾われたのは奇跡かもしれない。


 聞くと、妖は人間に友好的なものとそうでないものがいるらしく、彼でなければ今私は妖のお腹の中におさまってしまっていたかも。


「あの、溯雨さん」


「はい、何でしょう」


 銀の妖が金色の目を細めて優しく答える。そのさまは、まるで幼子を慈しむ母のように穏やかだ。


「助けてくれて、ありがとうございます」


 深々と礼をする。彼への礼に、私が何をしてあげられるか今はまだわからないから、せめて言葉だけでも。

 この一言に私の感謝の気持ちが山ほど詰まっている。月並みな言葉だけど……。


 溯雨さんは私の顔を優しく上へ向け、何故か少し悲しそうに笑った。


「お礼を言われることなんて何もしていません。頭を上げてください。私は私の気まぐれで、私の都合であなたを助けたのですから」


「それでも、私にとっては恩人です。これから、どうぞよろしくお願いします」


 開け放していた玄関の戸の先、私一人ではきっと生きていけない世界。


 いつか現世に戻らなければならないであろう我が身の運命を、憂い続けることになるかもしれないけれど、今はこの妖のために何かできることがないかを考えよう。


 そしてこの先、未来に光がありますように。

誤字脱字報告や感想お待ちしています!

今更ながら、溯雨さんの目は金色です。

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