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エピソード1

---人を傷つけるのは怖かった---


「絶対……絶対許さないんだからッ……!!」


---それでも、自分に出来ることがあるとして。


自分の大切なものを守りたかったり。


自分がしたいように生きたり。


自分が、"本当にそう"だと思うことも、誰かの言う言葉一つで変わってしまうかもしれないけれど。


"今"私がしたいことなんだ、だから---


「---私は、描く。」


 そう言って彼女は涙を拭いながら、吹っ切れた顔で煤けたキャンバスにそれを描き始める。

描いたこともないような、それを。けれど、彼女ならきっと描ききれるだろう。

そうしてそれが叶ったなら、叶うだろうと知って、この結末は既にこの場にいる全員が想像出来ていた。



-----


「おはよー!!」


今日も相変わらずのいい天気だ。清々しい朝はどうしても声が響いちゃって、調整が効かない。

自分のクラスに向かうまでも何度かクラスメイトや後輩に挨拶をして、早足で教室に向かうのは自分の癖だ。

教室に着けば結構早い時間。ぽつぽつと自分の席についてるクラスメイトに声をかけながら、より一層声が大きくなってしまったのは。


「おはよ! いやぁ、相変わらず夏葵は元気だねぇ。晴れてたってこんな寒い朝じゃ、気が滅入るってのに……」


朝から声をかけてくれたのはクラスメイトで友達の--。朝は弱いみたいで本調子じゃないけど、普段はサバサバって感じの女の子。成績優秀先生も一目置くまさしく優等生。冷めてるように見えて結構優しいとこもある。男子にはちょっと厳しいけど。


季節は一応秋、かな。11月も終盤、今年も後少しだねぇなんて話があちこちから聞こえる。共学高の私たちの学校は特に自慢できることも、恥ずかしく思うこともないくらいに普通の高校だ。周りの男子も相変わらず好きなスポーツ選手がどう活躍しただとか、他校の女子がとか漫画がこうだとか、そんな話ばかり。まあ、平和なのはいいことだよね。


教室のいつもの席で二人で話しながら、段々クラスメイトが増えてくる。大体の皆とアイコンタクト、もしくはちっちゃく挨拶しながら、--との話が続く。


「えー、どうしてよ。いいじゃんいいじゃん、そりゃ寒いのはやだけどさ。声出してりゃ多少は誤魔化せる!」


「いやいや、今時の女子高生でそんな暑いのいないから。もっとクールでいいよ、クールで。」


「クールって、そんなの余計寒いじゃんか!」


「あ、夏葵に--じゃん。 おはよ、朝からテンション高いねぇ……」


「~~、おはよ! ってあれ、~~今日どうかした? 逆にテンション低くない?」


二人で話してたところに来たのは~~。~~は可愛い系だけど気分屋さん。ほんわか系で読モってだけあって男子に人気あるけど、本人はオシャレとかそういうのが好きだから、今のところ恋愛にはあんまり興味なさげ。


「いやぁ、なんかさぁ。担任のあいつが進路希望調査出せ出せうるさいのがもう、しかもあいつ両親にまで話したらしくて、それが辛くてさぁ…」


「あれ、~~ってモデルで行くんじゃないの?」


「いやぁ、それがさぁ? そのまま行けるかわかんないって言われちゃって。だからもっと安定した進路先をとか言われたけど、そんなん私には思いつかないって。」


「あぁ、そういうことね……って、--は? 大学行くんだっけ?」


「え? あぁ、まあそうね。でも、確かに私も言われたなぁ、もっと具体的な将来像をどうのこうの。そんなん今からわかるわけないっての。」


「へぇ、優等生の--が? でも、そりゃそうだよねぇ。この先の進路なんてさぁ、漫画とかテレビの世界じゃないんだし、かといってラノベみたいなはちゃめちゃな人生だってさ、あるわけでしょ?」


「そうそう、ユーチューバーとか、別にクラスの誰かがなっても不思議じゃないもんね。」


「いや、そりゃなったらビビる奴はいるでしょ。」


「まあ、確かに。」


私は~~の言葉に思わず思い浮かんだ人間がユーチューバーになってるのを想像して笑ってしまい、その瞬間教室に入ってきた男子が想像と合致したせいで、もう一度軽く吹き出してしまった。


「あ、おはよ晃! 今話ししてて、確かに晃はユーチューバー向きじゃないなって思ったから、つい笑っちゃった。」


ごめんごめん、って笑って誤魔化す。だって本当に晃がユーチューバなんかで『どーもー』なんてやってる所、想像できないっていうかさ。


晃、住良木晃は幼馴染で、まあいわゆるパッとしない男子だ。基本人とのコミュニケーションを取らない一匹狼タイプ。まあ当人は話しかけられたら対応するし、孤立してるいじめられっこ、みたいなタイプじゃないし、それでも一部女子からはクールだとか、ミステリアスだとか高評価されたりしてるらしい。なんとなく私からすると勿体無いなぁなんて思ったりしながら、昔から知ってるってのが安心の存在。


「……へぇ。まあ別に、いいけど。」


「いや、いいけどって住良木……相変わらず塩対応だなぁ……」


「それ以上膨らむような話でもないだろ、別に。」


そういうと晃は当たり前のように私たちを横切って自分の席に戻る。私たちも別に、それを可笑しいとか思うわけでもなく。


「ま、住良木くんらしいよねぇ。夏葵の言う通り、そりゃビックリするね、チャンネル開かれてたら。」


「でしょ? ま、そもそもそれじゃああいつが何をするか、ってのも知らないけどさぁ。」


「実際の幼馴染なんて、そんなもんだよね。あ、そしたらさ。」


--が口にして、何?って聞き返した辺りでチャイムが鳴り響く。大抵うちの担任はチャイム通りに来てHRが始まる。でもギリギリまで話してるのが私たちのいつも通りだ。……けれど、--の言葉で思わず私は。


「夏葵の進路は?」


「え? わ、私?」


先まで当たり前に話してた話題で、すっかり油断していた。そりゃ同じ話だ、自分にも降ってくることはある。けれどその話題がどうにも苦手で、というよりとある事情が邪魔をして、思ったように言葉が出てこない。なんて狼狽えてるのに気づいてか気づかないままか、~~が思い出したような仕草に、私はもう一段階気まずさを胸中に押し込めるように表情を作りながら。


「美術系? あー!そうだ、夏葵って絵上手いって聞いたことあるよ!」


「あ〜、確かに。なんか、賞もらったとか誰か言ってた。確かに夏葵って色々出来るけど、何になりたいとか聞いたことなかったよね。え、じゃあそのまま芸大とか行くの?」


「え、いやぁ〜、その……あはは。」


私らしくもない、時間稼ぎその場しのぎの愛想笑い。すぐにそれっぽい答え、とりあえず大学に行ってみるつもりだけど、何をするかまでは決めてないんだよなぁ、くらいで。なんて考えてたら~~が先に。


「え、いいじゃん! てかそしたら私、夏葵の絵見てみたい! なんか誰かから聞いたんだよね、本当めっちゃ上手いんだよ〜って!」


「そういう才能があるっていうのは強みだよね。私も興味あるかも。」


「あ、あのね……その、二人とも……私は……」


彼女たちは何も、本当に悪気などないのだ。こんな事情を話したこともないし、話すことが出来なくなったのは最近のことだから。それでも私は彼女たちが口にする言葉、その単語が聞こえるたびに視界が揺らぐような不安を覚えてしまう。


私たちは、よくある漫画みたいに陰険なスクールカーストがあるような学校でもクラスでもない。皆それなりに仲が良くて、晃みたいに人と関わりたくないと思う人はそういうグループが出来上がって、うまく釣り合ったみたいにしてクラスが成り立ってる。


その中でも二人はそれぞれ才能があって輝いて見える。私は、私も客観的に見ればそうかもしれない。よくあるクラスの仲良しグループの中でも、私たちはきっとうまくやれてる方なんだろうって、客観的に思ってた。特別な傲慢さとか、利害がどうとかってことは全くないこのクラスで。この学校は、そう出来てる。皆に平等が担保されてる。


---それはきっと、この学校が"普通科"だからだ。


私はまた、ふと思い出す。その単語に、頭が痛くなるような違和感を覚える。


絵を描く---ズキン。嫌だ、やめて。無意識に、まるで服を脱がされるみたいな不安感が襲う。


私は辛うじて表情が変わらないように、悟られないように、二人に向かって告げる。


「……絵は、描かないんだ。」


という私の声は思った以上に小さかったようで、変に心配されてしまっただろうかと、また違う不安感が恐怖へと変わっていく。この二人は別に、そんな小さなことで不審に思ったり探りを入れてくるような友達じゃない。それはわかっていても、私にとって、それは。


「ホームルーム始めるぞ、日直。」


いつもの担任の声が響く。どうやらそれは二回目の催促だったようで、辺りは朝特有のざわざわとした環境の中、私の最後の言葉は二人に曖昧にしか届いていなかったようで。


「ごめん、また後で。」


二人は笑っていつものように席へと戻っていく。私はそれに安堵して、うん、と笑いかえす。大丈夫、うまく取り繕えたはず。そう言い聞かせて、それでも日直の言葉には機械的に従うみたいに起立、礼、着席を済ませて、思い返す。呼び起こされる。


---絵を、描け。お前にはその力がある。その力で幸せになりなさい。


ドクン。


嫌だ。嫌だ…!思わず叫び出しそうになる不安を、心の中に押し込める。

一度蘇ったトラウマは、まるで蕁麻疹が浮き出るように皮膚の下を駆け巡る。

けれどHRで担任が放った言葉に、その意識を拒むことが出来なくなる。


「お前ら、再三言ってると思うが進路希望調査、早く出せよ。このクラスは未提出率が多いからな、俺の評価にも響く。速攻出すように。」


何それー、お前の点数稼ぎかよーなんてヤジが飛び交う。担任は決して嫌われものという感じではなかった…と私は思ってるけれど、結構厳しいタイプで。クラスのヤジも半ば冗談、半ば嫌がってという感じ。でもまあ、日常茶飯事だと思ってたのだけれど、今の私にはその言葉が先の緊迫した状況を思い出させてしまって。


はいはい、お前らの弁解は聞かない、今日中に出さない奴は死刑な、なんて担任が言うとそのまま授業が始まる中、私はその恐怖を鎮めるのに必死で。


「ふぅ……」


一つため息、授業中だから小さく、隣にも聞こえないくらいに。そうして細い深呼吸を繰り返す。


大丈夫。次は、取り乱したりしない。

いつもの、そう。クラスメイトから見たらいつも明るい私でいなくちゃ。


そう自己暗示を心の中で唱えれば、ようやく恐怖は薄れていった。


「……夏葵」


呼ばれた気がしてそっと振り返ると、斜め後ろの席に座る晃は、退屈そうに授業を聴きながら。


この時の私の姿を見てくれていた、ように見えただけで、結局どこともない虚空を眺めながら。

私は、この時の晃の表情が不思議の頭に焼き付いてしまっていた。

どこか私を、そう。まるで先の私を見透かしているような、そんな気がして。


なんてことも杞憂だと、当たり前に授業が終わればまたクラスメイトと談笑しながら、いつもの日常が進む。


幸いにも二人は先の進路の話を掘り返すことなく、適当な話をして授業を聞いての繰り返し。


放課後を迎えた私たちは、いつも通りの帰路に着く。


---


「ただいま〜」


「おかえり。ご飯出来てるけど、もう食べちゃう?」


「え、早くない? あ〜、でもうん。食べちゃおうかな。」


家に帰れば母親が夕ご飯を作ってくれていた。いつもは19時くらいなのに、今日は18時になるところで。


「どうかしたの、今日は。」


「ううん、どうもしないんだけどね。お父さんはいつも通り遅くなるっていうから。お兄ちゃんも今日は遅いからって、作り始めたら思ったより早く出来ちゃっただけだから。」


「あ、そっかそっか。お兄ちゃんいないんだね、珍しい。」


私には一人兄がいる。まあ、仲は普通。ちょっと変わってるところもあるけど、性格は似た感じ。

お母さんは物静かで、ちょっと正反対かもしれない。でもすごく優しくて、気が利いて、昔から憧れのお母さん。ちょっと体が弱いからって、今は仕事をしていない。

お父さんは……とにかく仕事一筋の人。けれど家庭をないがしろにするとか、そういう人じゃない。ただ、忙しい時は長く帰れなかったりすることもあって、家には大体私とお兄ちゃんと、お母さんの三人だ。


食事が始まるまで、と思ってテレビをつける。私はなんだかんだテレビが好きだ。好きな俳優が出てるドラマも、くだらないように思えるドッキリ番組も、普通のニュース番組だってそれぞれ私にとっては情報だ。


情報っていい方をすると堅苦しいけど、私はいろんなことを知りたい。知っているとどんないいことがあるかって、たくさんの人と喋ることができる。話題がなくなる、なんてことはないし、偏ってればどうしても話しづらいことが出てきてしまう。だから私は私がたくさんの人と話したい、ってことを軸にして、動画サイトとかで好きな動画だけ見るんじゃなく、漠然と情報が入ってくるテレビが好きだ。ま、そうはいってもお気に入りのユーチューバーさんがいたりするのもそうだし、こっちの方が話しのタネにはなるから毎日の確認は欠かさないけど。


「あ、へぇ〜。あの芸能人結婚するんだぁ。え、相手芸人!? マジかぁ……。」


それは結構衝撃的な、まさしく美女と野獣みたいな結婚だった。と、別にその芸能人に思い出があったわけじゃなくて、単に有名だったから。そんな感じで私が独り言を言いながらテレビを見ていると、お母さんは笑ったり、たまに言葉を挟んでくれたりする。今日はまだキッチンにいて、独り言は届いてないようだけど。


お母さんはあまり食事の時もテレビを消せとは言わない。私もできれば情報は収集したいからと着けたままにするけれど、一応見ないようにとテレビに背中を向ける形でダイニングテーブルに着く。


「いただきます!」


手を合わせて、今日は二人の食事。お母さんはいつも通り優しく、けれど今日はどことなく元気なさそうに、召し上がれといって手を合わせた。


「そういえばお兄ちゃんはどうしたの?」


「誠は学校の用事がどうとか、よくわからない感じだったけれど。とにかく今日は遅くなるかも、って。」


「へぇ、まあ珍しくもないけど。ここんところそういうのなかったからなぁ、って思って。」


兄はなんというか、体育会系だ。体格もしっかりしてて、一見柔道部やらラグビー部に見間違われそうな外見だけど、趣味は文化系。ゲームが大好きで、それでも何故か運動神経はいいみたいで、たまに喧嘩する時なんかは勝っちゃう、なんて自慢を聞いたことがある。いや、そもそも喧嘩をしないで欲しいけど。


そう、私は暴力が嫌いだ。好きな人がいるとは思えないけれど、中にはそういうことが好きな人もいるんだろうって現実もわかっている。理由は単純、他人を傷つけていいと思えないから。もちろん私は女だし、漫画やアニメのキャラみたいに実は空手をやってたとかそんなこともない。殴られたことだってもちろんないけど、そうされたら体は吹き飛ばされちゃうんじゃないかってくらいに、暴力は怖いし、嫌いだ。人間同士なら話し合って協力して、絶対仲良くなれると私は思う。そうでないと、戦争が起きてしまう、なんてところまで飛躍するのは最近見た政治系ユーチューバーのせいかもしれない。自衛にはスタンガンよりモデルガンが効果的だ、とか。いろんな話を聞くけれど、とにかくそういう面倒ごとには巻き込まれないようにするのが一番。武器になる経験もないし、特別な能力でも持ってなければ……---特別な。








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