選択を迫られた勇者の選択
恒例の掌編です。
「あらゆる困難を乗り越え、よくぞ余の前まで辿り着いた。伝説の勇者よ! しかし! この大魔王、ヴィミラーカニェッツを滅ぼすなど、いかな貴様とて叶わぬ望みよ。ああ、哀しいかな。それほどの力を備えながら、人の身ゆえ、儚き希望に縋って命を無駄に散らすとは!」
魔王ヴィミラーカニェッツは魔族の王らしからぬ嘆きを顕にする。確かに、魔王の言うとおり、ここまで辿り着くのは筆舌に尽くしがたい難事であった。旅の始まりは下級モンスターに苦戦を強いられ、深いダンジョンに挑んで伝説の武具を手に入れ、時に仲間を得もしたが、彼らは志半ばで斃れていった。そして魔王の城への道を開くため大悪魔四天王との戦いに勝利し、魔王の傀儡となった父親さえもその手に掛け、ついに勇者ホープはいま、魔王と対峙しているのである。
だが、全ての元凶である魔王はその仇敵とも言える勇者を前に、勇者の勇気と偉業を讃え、二人が戦わねばならない運命を嘆いていた。勇者ホープはこの魔王の態度にどう接すればいいのかよく分からない。何度も斃すと心に誓った魔王が目の前にいるというのに、魔王を斃せば全てが終わるというのに、なぜか躊躇してしまう勇者ホープなのであった。
「だが宿敵とはいえ、そなたほどの実力者を倒すのはあまりに惜しい! そこでどうであろう。世界の半分をそなたにやろう。余と二人で世界を治めぬか?」
実に悪の王らしい、姑息なかけひきを打ってきた。もちろんそんなもんに耳を貸す気などない。これから始まる最後の決戦を彩るセレモニーに過ぎない。
「否!」勇者の心中にはこの一択しかない。剣を握りしめ魔王ににじり寄る。魔王も悪のオーラを放ち臨戦態勢。が、ここにきてそれでいいのかという疑問が勇者に湧いた。それはあまりにも芸がないのではないか? と。
ここでしばらく逡巡した方が最後の決戦っぽく盛り上がるのではあるまいか。いやいや待て待て。勇者たるものそんな餌に踊らされるわけにはいかない。勇者ホープは邪念を追い払う。
が、邪念を追い払ったところで次はまた別の疑問が湧いてきた。魔王としても本気でそんな餌に釣られるとは思っちゃいまい。とりあえずカケヒキ的なものをやってみたかった、程度の動機ではなかったのか。ならそれを無碍にするのは勇者としてふさわしい行動なのかな? と。
「どうした? 勇者ホープよ! 余の暗黒の波動に恐れをなしたか!」
魔王はもうヤル気満々で勇者をアオる。だったら前段の「世界の半分を」ってのはなんだったのか? それでいいのかと思わずにはいられない勇者ホープ。
最初から無駄と分かっててあんなことを言ったのか? そんなわけはあるまい。考えようによっては世界の半分の知行を出すってのは石田三成が島左近を召し抱えるくらいの破格の待遇だ。主従の関係でありつつ立場は対等、みたいな。そこまで見込まれて固辞するというのはちょっと器が小さいんじゃないか?
「こないのか? ならばこちらからゆくぞ! 勇者ホープ!」
しかしちょっと待って欲しい。二人で世界を治めるってのはどういう体制? 世界を魔王と勇者で分割統治するんだろうか? それとも魔王がトップで勇者は行政顧問? それはちょっと魅力的な気もする。が、それだと給与はどうなるんだろう? 半分をやるってんなら当然5、5だろう。しかしそれで行政全般を自分が負担して魔王は何もしないってんじゃ割に合わない。あくまで魔王は象徴で、政治には関与しないってんならまだ我慢はできるが。あくまで魔王。ちょっと笑ってしまいそうな勇者ホープ。
「一体どうした? 勇者ホープ! ここまで来て怖気づいたのか!」
そもそも自分はなんで魔王と戦わされる羽目になったのか。王様の「おお! よくぞきた! 伝説の勇者よ! 大魔王を倒してまいれ!」とかいう特に手当も給与もない、勇者というなんの保証もない職業のみで命を張らされてしまったのである。その究極ブラック待遇に比べれば魔王の方がずっと現実的ではないのか?
確かに魔王の手下のモンスターは人間を襲っていたが、魔王に統率能力が欠けていたと考えれば先刻の要求も一応の合理性はあるような気もしてくる。そいつらを抑え込む武断派として自分を雇いたかったのでは? なんて疑問も浮かんできた。
「ねえ〜、勇者ホープさあ〜ん、ワタクシの話、聞いてらっしゃいますぅ〜?」
だったらここで争ったりしないで協調の道を探すのが勇者のあるべき姿勢じゃないのかな? とも思えてきた。大体ろくすっぽサポートもせず激安装備品だけ支給して身一つで魔王退治に向かわせるオッサンなんかより魔物を率いて人間界に戦い挑んできた魔王の方がまだ君主として有能なような気がする。それを自分が補佐し、魔王を戴きつつ魔族と人間が協力協調できる社会を築いてゆく方がはるかに困難ではあるがずっと建設的とも思える。
「早くかかってきてよ〜 勇者さんが攻撃してこないと戦闘始まんないんですけどお〜」
いやいや! 相手は血も涙もない魔王ではないか! そんな安易な妥協案など持ちかけるわけがない! やはりあれはこちらを油断させる交渉に決まっている!
しかし……魔王にしちゃあまりにもお粗末な交渉術ではないか? やっぱりあれは一縷の望みを抱いてダメ元で自分に協力を申し出たんじゃないのか?
その際、全面降伏では到底信用されないと思い、あえて世界の半分なんて折衷案を出してきたのは十分考えられる。そもそも目ぼしい魔王軍の大物は全員自分が討ち取って残るは徒手空拳の魔王のみ。そんな状態でホールドアップする方がよっぽど下策だ。なら、世界の半分ってのは魔王のギリギリのプライドで、実はもう戦いから手を引きたがってるんじゃないのか? そんな魔王を斃して果たして勇者と言えるのか?
「もしも〜し! 勇者さーん! 人の話聞いてますー? もう戦い始めないとそろそろまずいんですけど〜」
よしんば斃したところでどうせ世界はあの無策で無能なオッサンが王様として居座り続けるわけだし、どうせ勇者なんて使命果たしたら隠遁するか左遷されるかくらいなんだし。ヘタしたら危険人物として処理されかねない。ならここで魔王を斃してしまうのはやはり下策なんじゃないのか? そんな疑念が勇者ホープに湧いてきた。
ここは一旦引き返して宿にでも止まって一晩考えよっかな? いや、そんなことしてる間に魔王がどんな策を打ってくるか分かったものではない。
魔王と勇者の睨み合いはいつまでも続いた。




