放課後の色
また掌編です。
俺・・・・・・主人公(男)
雪原・・・・・・ヒロイン。せつげんとは読まない。フルネームは「ゆきはらあやめ」 どうでもいいか。
なぜだか分からないが放課後の教室で女と二人きりになってしまった。なぜこんなことになったのか、理由を考えると偶然が重なったとしか言いようがない。女の子のグループに頼み事をされ、なんやかんやで遅くなり、教室に戻ると彼女が一人残っていた。帰ろうとした俺もなんか帰るに帰れなくなってしまった。
彼女……雪原は何故か一人教室に居残り、気怠げに座っていた。
「どうしたの? こんな時間まで居残ってるなんて、珍しいね」
机に突っ伏した姿勢のまま、自分のことは棚上げして雪原はさほど興味もなさそうに聞いてきた。
「いや、いろいろあって……雪原こそ、なにやってんの?」
夕焼けの赤い陽光が窓越しに教室内を照らす。俺と雪原の影が室内を横断するように伸びている。
「別に……」
顔を背ける雪原。機嫌でも悪いんだろうか? 俺はさっさと教室を出た方がいいのだろうか? 鞄に教科書、ノート類を詰め、教室を出る作業を急ぐ。
雪原。クラスで目立ってるわけでもない。頭と容姿は可もなく不可もなく。性格はよく知らない。よくいるクラスメートの一人としか言いようがない。そんな特に面識もない女の子と二人きりで教室にいる現実感が湧いてこない。どこからともなくブラスバンド部の演奏が聞こえてくる。
「これから、一人で帰るの?」
顔を背けたまま、雪原がそんな質問をしてきた。
「うん。別に、誰かと待ち合わせしてるわけでもないし」
「まっすぐ帰るの?」
「そりゃ……そうだろ。寄り道するような場所もないし」
「ふうん。真面目なんだ」
褒められたというより馬鹿にされたような感じ。まあ、イマドキの女子なんて、帰りにつるんで喋って遊ぶのが当たり前なんだろうけど。
いつまでも居座ってても目障りでしかないだろうと思い、さっさと帰る準備を済ませる。グラウンドから金属バットでボールを打つ音が聞こえる。
「野球部って、忙しそうだよねえ。暗くなっても、照明点けて夜までやってるんだよね。毎日、毎日」
そういう部活動に入った運動エリートたちなんだからそれも当然とも思える。俺には一切関係のない世界だけど。当の雪原はあさっての方向を向いている。言葉と態度が噛み合ってない状態がどこか寒々しい。
「じゃあ、お先に」
俺がそそくさと教室を出ようとすると不意に雪原は立ち上がり、俺の進路を塞ぐかのように目の前の机に腰掛けた。ブラバンのオーボエがわずかに音を外す。
「そんなに私と一緒にいるの、嫌?」
雪原は上目遣いで不躾な質問をしてくる。俺の表情でも覗きこむように。
「嫌……って…… 嫌も何も、俺、これから帰るとこだし……雪原こそ、まだ帰んないの?」
言ってすぐ馬鹿なことを聞いたと思った。こんな時間にひとりで教室に居残ってるってことは、きっと誰かを待ってるのだ。俺はそれまでの体のいい暇つぶしの相手なのだと得心した。
「私は……人を待ってるから」
予想通りの答えがすんなり出てきて些か拍子が抜ける。からかわれていた事実を突き付けられた俺は遠い目でとぼける雪原の前を横切るように歩を進める。
と、雪原は俺の動きに合わせて足を組み替えつつ体を向ける。組み替えた拍子にスカートから伸びる大腿が顕になる。机に腰掛けている姿勢のためか、妙に胸元も開いているように見えた。
「別に逃げなくてもいいじゃん。もう少し一緒にいようよ」
教室内は赤く、紅く染まっている。閉鎖された異空間を想起させる赤い教室内は、俺と雪原を丸飲みにした生物の胃袋かと思わせるほど、生温く、息苦しい。俺はその場の雰囲気に耐え切れず、雪原から目を逸した。
瞬間、雪原は俺の手首をいきなり掴んで、妙に大人っぽい、妖しい笑みを浮かべながら、
「これから、二人で遊びに行かない?」
まるで俺を値踏みするかのようなその表情と口調は、もう俺を苛立たせるのに充分すぎるほどであり、俺は委細構わず雪原の手を振りほどいて逃げるように教室を後にした。廊下に出てしばらく歩いて、気になって振り返ってみたが、赤く染まった無人の廊下があるばかりで、雪原はおろか人の気配も感じられなかった。
数日後、雪原は野球部の先輩と付き合い始めたと知った。口さがない級友が言うには先輩に部活終了まで待たされ、そこで告られたとのこと。時期を考えるに俺と雪原がちょうど教室に二人きりになったあの日と重なる。また、俺が居残る原因を作った女の子グループは雪原と付き合いがあったことを後に知った。
あの教室での雪原の態度が何を意味していたのか。あるいは俺の考え過ぎなのか。ただ、あの狂おしいほどの赤い教室の光景が記憶に残るだけだった。




