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信玄の厠  作者: 厠 達三
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死刑

 ありがちな掌編でーす。

 一日目


 20XX年。俺の死刑が確定した。具体的な日時は知らされていないが、もうまもなく俺の刑が執行されるらしい。

 申し訳ないが俺は自分のやったことを後悔していない。罪の意識もない。悪事を働いたとも思っていない。俺は死刑になるために、最も手っ取り早い手段を選んだに過ぎない。早い話が無差別殺人だ。

 どんな手段を使ったかはもう今まで何度も取り調べを受けたし、裁判でも嫌ってほど繰り返したし、恐らくワイドショーや週刊誌で連日取り上げられたのでここで語るつもりはもうない。


 二日目


 自分で言うのも何だが、俺はとても正直な人間だ。言いたいことは言ってきたし、嘘もまあ人を騙すときにはついてきたが、本心を隠したいがために嘘をついた事はあまりない。気に食わない奴には気に食わないってはっきり言うし、本気で気に食わなかったら初対面の相手でも遠慮なく殴った。もし俺が誰かを殺したいと思ったら遠慮なく殺すね。今まで俺が殺人を犯さなかったのは本気で殺したいほどの奴に出会わなかっただけの話。これだけでも俺がどれほどの善人か分かろうってもんだ。

 嫌いな奴に嫌いとも言わず、殴りたいのも我慢して殴らず、表面だけを取り繕って善人ぶってる奴と果たしてどっちがたちが悪いかな?

 もしそんな奴らが善人と呼ばれて俺みたいな正直者が悪人呼ばわりされるんならそんな世間に未練はない。俺は自らそんな世間とは手を切る方を選ぶね。そうさ。俺は自分の気持に正直に、世間を見限っただけなんだ。



 三日目


 今日はなぜ俺が無差別殺人を行ったかを語るとしよう。答えは簡単明瞭。死にたかったからだ。

 俺は心の底から死にたかったんだ。これは嘘偽りのない本心だし、別に嘘をつくつもりもない。遺族の弁護士だか精神科医だかがやってきて繰り返し同じことを聞くもんで正直うんざりしたな。本当の動機を教えろって。本当も何も俺は最初から正直に本心を明かしてる。俺は死刑になりたくて無差別殺人をやりました、ってな。ただそれだけ。

 なのになんで誰も信じようとしないんだろうな。本心は別にあるはずだ、正直に教えてくれって。特に俺の弁護人にはしつこく迫られたっけ。ひどい時には嘘でもいいから人生に絶望したとか社会に存在を認めて欲しかったとか、それっぽいこと言ってくれって。

 たぶん、俺がそれを言うことによって得する奴でもいるんだろう。あるいは気分の良くなるやつとか。だが俺はそんな連中のために生きてるわけじゃないし、そいつらを満足させてやるほどお人好しじゃないし、嘘つくなんてまっぴらごめんだ。俺は一貫して俺の正直な気持ちと動機ってやつをずっと言い続けた。どうだい? 俺ってほんとにいいやつだろ?


 四日目


 今日は俺が死刑になったいきさつを教えてやろう。今の時代、裁判官や裁判員なんてものが動員されるような裁判は殆ど無い。国家的犯罪でもない限りはね。

 俺のような無差別大量殺人犯は過去の判例から刑が機械的に確定される。凶悪犯罪が増えた現在ではそれが通例ってことになってる。それでも弁護士は減ってないっていうから不思議だ。まあどうでもいいか。

 クライアントの要求をできうる限り勝ち取るのが有能な弁護士らしい。そのための材料をかき集めて判決を下すスパコンに入力して出た結果に対して報酬の多寡が決まるってことのようだ。俺の弁護士は国選弁護人だからやる気なんて微塵も感じられなかったな。そりゃそうだ。なにしろ俺は十人とはいかないまでも、それに近い人数を殺ったから死刑は免れない。多少酌量の材料揃えたって増える報酬は雀の涙だろ。まあ、重大事件を扱った、ってだけで箔が付くらしいから弁護士にすればオイシイ仕事ではあるんだろう。

 とはいえ、俺は死刑になりたいんだから酌量の材料なんて揃えてもらった方が困る。俺は俺の気持ちを正直に述べたね。ま、弁護士にサービスしてやった所で死刑は変わらないんだが、そんなことやって弁護士の小遣いになるのも癪だ。遺族への謝罪なんか知ったことか。


 五日目


 実にめでたい。俺の刑の執行日が確定したらしい。もちろん、そんなもんは事前に通知はされないんだが、食事が妙に豪勢になったので嫌でも分かる。刑務官の態度も今までとは全然違う。やっと待ちに待った死刑の日だ。思えば長かった。

 こんな独房に入れられっぱなしじゃさすがに気が滅入る。自殺しようと思えばできなくもないんだが、自殺はいかにも俺が根性なしのように思われてしまいそうで気が進まない。しかもやり損なった時のリスクもでかい。

 俺はできるだけラクして、しかも納得できる死に方として死刑を選択したんだ。これだけは譲りたくないからな。


 六日目

 

 俺の死刑執行がいよいよ迫ったらしい。いかにも聖職者でございってなオッサンがやってきて俺に懺悔をしろと迫ってきやがった。だから俺はこう答えてやった。

 俺は仏教徒だ。坊さん連れてきたら懺悔してやるってね。もちろんそんなつもりは毛頭ない。本当に坊さん連れてきたら私はアーメンソーメンミソラーメンでございます、って追い返すだけだけどな。

 それでも食い下がる聖職者のオッサン。ま、それでメシ食ってるんだから当然か。しかしそのプロ根性たるや相当なもんで、俺に罪の意識でも持たせたいのか長々と説教されたのにはさすがに辟易したぜ。まあ、撃退したけどな。

「アンタんとこにシスターいるか? なんなら孫娘でもいいぜ。そいつ連れてきてヤラせてくれりゃ懺悔でも何でもしてやるよ」

 で、ゲームオーバー。悟りきったようなオッサンが顔を真っ赤にして出て行く姿は久々に爽快だった。


 七日目

 いよいよ刑の執行日。俺はハッピーだ。午前中に移送車に乗せられ、刑場へゴー。だが刑場らしき施設はちょっと見ただけだが意外と普通の建物で少し拍子抜け。そこには俺のご同類が五人ほどいた。まあ、俺と境遇は同じでも中身は全然違うけどな。

 連中はちょっとヒステリーでも起こして二、三人殺しましたって程度だろ。俺と一緒にしてもらっちゃ困る。それが証拠に、どいつもこいつもゾンビみたいに元気がない。お前ら、一生の晴れの舞台だろ。そんなことでどうすんだって、言いたくなっちまったのには笑ったね。


 俺らは死刑を控えた身のためか、昨日から何も食わせてもらってない。ここでも茶が出された程度だ。最後くらいステーキでも食わせろよ。やがて俺達は裸にさせられ上から下の毛まで全部剃られて体中を消毒されたのは少し意外だった。いまどきの死刑ってのはこんなんなのか?


 刑の執行まで俺らは裸のまま一室に集められてその時を待つ。連中は相も変わらず元気なく項垂れて一言も発さない。俺はといえば腕を組んでふんぞり返って、しかもなぜか勃起までしてるんだから連中が不思議そうに時折見る。まあ、またすぐ項垂れるんだが。ここらへんが俺と連中の違いってやつだ。

 時間が来ると数人の刑務官が現れ、俺達を執行室とやらに連行。しかし他の連中ときたら腰でも抜かしたのか怖いのか、なかなか立ち上がろうとせず、刑務官に両脇を抱えられてやっと歩ける始末。ここではよくあることのようで刑務官も手慣れたものだった。もちろん俺は自ら立って奴らの手なんか煩わせもしなかったがな。刑務官どもの驚いた表情は見ものだったぜ。


 そしていよいよ天国への階段、執行室の入り口に到着。他の連中はガタガタ震えて小声で何か言っている。助けてくれとか許してくれとか。そんなこと通るわけねえだろ。後がつかえてんだからさっさと行けよ。

 なんでも刑の執行は罪状の軽いものから行われるらしく、その順序で俺達死刑囚は整列させられる。もちろん俺は最後尾だ。


 そしてやっと入室となるんだが、その前に刑務官からひとつのアナウンスがあった。目隠しをするか否かってな。アホか。

 目隠ししようがすまいが死刑は死刑だろ。そんならきっちり目ン玉開いて見といた方が面白いに決まってる。当然拒否だ。ところが不思議なことに他の連中は全員目隠しを要求してやんの。頭おかしいのかコイツら。

 確か死刑ってな、超アナログな首吊り刑で、望めば被害者遺族が見物とかできたはずだ。俺は奴らにニッコリ笑って中指おっ立ててやるつもりだ。なんでそんなことするのかって? 面白いからに決まってるだろ。そんとき、そのスケベ心丸出しの被害者遺族どもがどんな顔をするのか、俺は今までそれを楽しみにしてたんだ。目隠しなんかやってられるかっての。


 目隠しを要求した奴らは全員頭にすっぽり黒い布を被せられ、黒いてるてる坊主の行列みたいでなかなか滑稽。最後に笑えるもん見せてくれて感謝するぜ。


 そして入室。やたらでかい観音開きのドアを開けて入ると、そこには青白い証明に照らされた、何かの工場を思い起こさせる設備が整っていた。おい、ちょっと待て。話が違うぞ。死刑は首吊りで、上の方には被害者遺族が見物できるスペースがあるはずだろ。そんなもん何もないじゃないか。

 疑問に思う俺を余所に刑務官共は連中を次々とコンベアーの上に誘導、そのコンベアーに設置されている拘束椅子に座らせ、体を固定してゆく。俺も訳も分からないまま座らされ、手足、胴、腰をベルトで固定され、身動きできなくなった。おい! ちょっと待て!

 そう叫んだ俺の声が室内に反響するが、その声は虚しく黙殺された。


 やがてカン高いブザー音が鳴ると同時にゴクンと音をたててコンベアーが動き始めた。俺達の座った椅子も当然、コンベアーに合わせて流れ始める。前に座る連中が情けない悲鳴をあげる。

 そしてその先、コンベアーの向かう先では鋭利な刃物が金属音をたてて稼働し始めた。つまり、あの刃物は位置から察するに俺達の首を次々刎ねるために動いてやがるんだ。畜生! これのどこが死刑だ。話が違うじゃねえか。俺は家畜じゃない! 人間なんだ!

 俺は椅子の拘束を解くために手足に力を入れるが当然、そんなやわな拘束じゃない。

 そうこうするうちに先頭のやつの首が機械的に切り落とされた。落ちた首は横に設置されていたレールの上に落ち、綺麗に転がってゆく。なんだこの趣味の悪いピタゴラはよ。


 おい! 機械を止めろ! こんな死刑、俺は認めねえ!


 あらん限りの声で叫んだが機械が止まる様子はない。当たり前なんだろうが。一方、俺の怒声に刺激されたのか、前に座る連中が不気味な悲鳴の合唱を始めやがった。うるせえ! 黙れ!


 だがその悲鳴も虚しく二人目、三人目の首が次々と切り落とされてゆく。くそ! くそ! 止まれ! このクソ機械め!

 

 俺は体をよじって抵抗するが無駄なあがき以外の何物でもない。そしてついにすぐ目の前のやつの首が切り落とされた。真っ赤に染まった刃物がスプレーで洗浄されつつ、次は俺の番だとばかりに一旦引っ込む。次に飛び出た時が俺の首が落ちるとき。

 やめてくれ。お願いだ。俺はこんな死に方、望んでなかった。死刑のやり方がこんな方法だと知ってたら、俺は犯罪なんか起こさなかったんだ。



 覚書


 20XX年。死刑制度ニ若干ノ変更ヲ加エル。


 人道的ナ見地カラ死刑囚ニ苦痛ヲ与エ、人的負担モ大ナル絞首刑ハ廃止トシ、機械的ナ設備ニヨルオート化を行ウ。マタ、刑執行ノ際、被害者遺族ニ刑ヲ見届ケサセル慣例ハ死刑囚ノ人格を著シク貶メルモノトシテ原則廃止トスル。


 尚、刑執行効率ノ優先ト、死刑囚ノ精神的負担ヲ極力軽減スル為、コノ変更ノ一切ヲ秘匿スル。


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