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信玄の厠  作者: 厠 達三
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親孝行 前編

ごぶさたの掌編です。待ってた人なんかいないでしょうけど……


 私の前にひとつの選択肢がある。母親を殺すか否か。


 もう介護を始めて何年経っただろうか。その記憶も曖昧だ。


 私の母は頭はしっかりしている。痴呆も患ってはいない。目に見えた持病もない。


 それが私には耐えられない。


 母はいたって健康だ。ただ、もう高齢なので体の自由がきかない。立って歩くことができない。早い話が寝たきりなのだ。


 それは別段悪いことではない。程度の差はあれ誰しもそうなる可能性はある。そうなる前に寿命が来る場合もあるのだろう。だが母は生き続けた。いまもって健康体と言える。私も最初はそれでよかった。ただ、生きてくれさえすればそれでいい。


 仕事を辞めるのに躊躇はなかった。まだ定年にしばらく時間のある齢での退職は不安もないではなかったし、職場でも引き止められもした。自分の替えなどいくらでもあると思っていたが、そこまで求められていたとは少々意外でもあったし嬉しくもあった。だが、私には母親の方が大事なのだ。これは誰だってそうだと思う。寝たきりの母親一人を置いて仕事などできるわけがない。


 感情的にはそうなのだが、現実はそう甘くはない事実も分かっている。私ごときがいくらプランを練ったところで早晩、行き詰まるのは目に見えている。仕事を辞めて収入もなくなれば共倒れになるのは分かりきっている。現実にそういう例はいくらもある。でも、私は母の面倒さえ見られればそれでいい。母の面倒を最後まで見きり、送り出せれば自分にしては上出来だと思う。私の面倒など誰かに見てもらいたいとは思わない。なんとなれば自ら命を断てばいい。母の面倒を見きれるまで、生きていられればそれでいい。


 そう覚悟を決めた、つもりだった。だが母は生き続けた。

 食事をさせ、入浴させ、トイレに連れてゆき、掃除洗濯家事全般を私が担う。仕事をやるホネを考えればさほどの労苦はない。ただ収入がないだけだ。


 幸い今はそのあたりの補助は整備されているので金銭的にはあまり深刻ではない。生活を切り詰め、母の年金と私の失業手当、生活保護や自治体の助成金を活用すればどうにかできた。さほど心配した程でもなかった。酒もタバコも賭け事もできない自分に今は感謝である。


 だが、やがて2年が経ち、3年が経つと母の心境にも変化が出てきたらしい。そんな兆候など全くなかった。私もまったく考えていなかった。


 ある日、母は何の前触れもなく私に言ったのだ。


 私を殺してくれと。

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