事の始まり
何故このようなことになったのか。そもそも、事の始まりは彼女の完全なる不注意なのだ。
もう身長的に問題ないと、手すりの高い階段を一人で降りようとし、案の定足を滑らせた。更に小さな彼女の体格では手すりに手が届くはずもなく転倒。やらかしてんなあ。侍女さんは血の引く思いだっただろうに。
段数はそこまで多くなかった為大事にはならなかったものの、頭を打った彼女は暫く様子を見て休養することに。
しかし不思議なことにその日から毎夜変な夢を見始めた。
自分とは国も、文化も、恐らく生きる時間も違うもう一人の人物の人生を辿る夢。そしてそれは最終的にトラックというものにぶつかって終わった。それはもう、テレビの画面が唐突に切れるようにブツンと。
そんな約1ヶ月に渡る不可思議な夢との対峙の末、『私』は生まれた。
ううん、正しくは『私』を取り戻した?
恐らく彼女が毎夜見ていた夢は、彼女の前世というものなのだと思う。だから彼女は夢を見ている間も不気味だと思いながら、懐しさで胸を切なくさせていた。
なぜなら『彼女』は『私』であって『私』は『彼女』なのだから。
多分もう、前世の夢は二度と見られないだろう。長かったような短かったような。もう見ることもないだろうと思うと少し寂しい。
だからと言って、もう一度見たいかと言われれば頷くことは多分ない。過去を見るということはその分だけの失敗や恥ずかしい記憶、所謂黒歴史も見なければいけないわけで。
例えばその中の一つとも言えるのが、乙女ゲームだ。
いや、乙女ゲームをする事が黒歴史なのではなくて、私の場合体制がまずいと言う話。
これが学生時代、又は二十代でやるならまだ許容範囲であろうが、三十代後半が一人でエヘエヘとニヤケながら乙女ゲームで遊んでいる所を想像して欲しい。きつい。かなりキツすぎる。少なくとも私は見たくない。
しかも私には当時ハマっていた乙女ゲームが沢山ある。中でも印象に残っているのは『約束のティアラ』と言うありふれた名前のゲーム。
一般的な乙女ゲームと特に変わらない。選択肢を選んで好感度を上げたり、イベントやミニゲームで主人公のレベル上げをすることで悪役令嬢を倒し、攻略対象キャラクター達とのハッピーエンドを目指すものだ。
ただこのゲーム、他のとは少し違う所がある。
それは、主人公の親友という立場において『サポートキャラクター』の役割をもつ女の子が出てくるところ。
サポートキャラクター自体は何度か見かけたことはあるものの、それが女の子なのがまず珍しい。しかも彼女に対しても選択肢が出る。彼女の好感度を上げればあげるほどイベントが発生し、ゲームが進めやすくなるからくりだ。
しかも彼女、主人公と同い年で親友だからか可能な限り一緒にいる。時には悪役令嬢から助けてくれるのだ。
...うん、言いたい事は分かる。私も思った。
彼女、女の子にする必要あった?
普通に男にして隠れ攻略対象キャラクターとして出した方が人気が出たのではないだろうか。主人公の為に命を懸けて動くその姿はさながら姫を護る騎士のようだ。
そう思ったのは私だけでは無いらしく、ネットでも何度か意見を見かけたことがある。曰く、「製作者達の意図がよく分からない」と。
実際、サポートキャラクターである『アイラ・ルビンスト』は女性キャラの中で人気が高かったし、男だったら貢いだと言う世の中の女性は少なくない。
しかしそれから半年後、驚くべきことに公式ファンブックが発売されたのである。しかもゲームに載っていないストーリー付きで。
私はまず、この乙女ゲームがそこまで人気があったことに驚いたし、いつの間にか続編化が決定していることにも仰天した。私の情報スキル皆無すぎ。
しかし最も精神的打撃を受けたのはそこでは無い。問題はストーリーの内容なのだ。
そこには皆が想像する仲間想いの少女、ではなく、アイラ・ルビンストの裏の姿が描かれていた。
彼女は自分の欲の為に悪役令嬢を利用した真のラスボスだったのである。
この1冊で百八十度アイラへの見方が変わったプレイヤー達は賛否両論に分かれ、一時期2ちゃんでは沢山の議論が行われるようになり、トラウマになったと言う声も少なくなかった。
怖い。制作スタッフ怖すぎる。本当にあった怖い話にランクインしそうだよ。
まぁ私的にはゲームのその二面生あるストーリーに惚れたんだけど。
もうこの流れで言ってしまおうと思うのだが、私が転生したのはその乙女ゲームの世界。
しかもこの外見は間違いなく『約束のティアラ』に出てくるサポートキャラクターであり黒幕であるアイラ・ルビンストそのものである。
本当に、どうしてこんなことになったのか。
神様、私ってそんなにも悪いことしましたか?