第57話 『運転手』
「それでは、私は城に戻ります」
「うむ、調査の件宜しく頼むぞ」
「はい、任せて下さい。私からの要求もお忘れなきよう。宜しくお願い致します」
部下の騎士達と共に傷を負った騎士を連れて、ソレイユは城へと向かって行った。
「これで、離反者については一段落つきそうだな」
「エリスさん!私を犠牲にするなんて酷いです!」
エリスへと抗議の声を投げかけたのは、狐娘のルナールだ。
彼女は半泣きになりながら尻尾を逆立てている。
「も、申し訳無い……しかし、条件としては安すぎるくらいだったのでな……」
「安くないです!!」
「まあまあ、ルナール。一日一緒にいてあげるくらいいいじゃない」
「店長はあの人の恐ろしさを知らないから、そんな事が言えるんですよ!そこに座るです!そもそも店長はいつも─────」
ルナールは抗議の対象を変更し、正座するグレイズへとガミガミと説教をし始めた。
その勢いに恐れおののきながら、俺はエリスへと視線を向ける。
「こ、これからどうする?」
「決まっている、ナルシアへと向かうぞ。幸い……鳥車の空きもあるらしいからな」
エリスは自分達の近くにある、荷馬車ならぬ荷鳥車を顎で指し示した。そこでは騎手であろう男が、走鳥へと餌をあげていた。
「あれに乗っていくぞ」
ツカツカとその男にエリスは詰め寄って行く。
向こうもそれに気が付いたのか、餌をやる手を止めた。
「その鳥車、空いているか?」
「ああ、お客さん。いいぜ、行き先は何処よ?」
「ナルシアだ」
「ああ、ハイハイ、ナルシアね。ん?ナ……ル……」
男は表情をまるで恐ろしい物を見たかのように凍りつかせた。
《キュ……》
そして彼は走鳥の鳴き声で我に返ると、ぶんぶんと手と首を横に振った。
「無理無理無理だ、勘弁してくれ」
「な、何故だ?」
「あの街は今、商人の間で人喰い街って呼ばれてるんだ」
「人喰い……どういう意味ですか?」
人喰い街。
その余りにも物騒過ぎる言葉に、俺は騎手の男へと質問を投げかける。
「あ、あの街は元々普通だったらしいんだ。でも最近は一回入った人間が二度と出てこないって噂でな。それが転じて人喰い街って呼ばれてる」
何とも荒唐無稽な話だが、さっきの瀕死の騎士もナルシアに行っていたという話だ。
エリスに目配せすると、彼女も何かを察したのか小さく頷く。
「邪悪の樹の転移者か……それに付随する何かが居る可能性が高いな」
「そうっぽいな、尚更行く理由が増えた」
次こそは必ず、自分と同じ世界から来た転移者を止めなくてはならない。
「俺からもお願いします、ナルシアまで連れて行って下さい」
「ええ?俺からもって……君誰?!とにかく、何度頼まれても無理!俺は危険な噂の立った場所には近寄らない事にしてるんだって─────」
「あれ、カルザじゃない。久しぶりだねぇ」
「ヒッ?!」
カルザ。
そう呼ばれた騎手の男は、俺達の背後に視線を向けて悲鳴を上げた。
ふと振り返ると、膨れたルナールの手を握りながら、グレイズが笑顔を浮かべながら立っていた。
「グ、グレイズ?!どうしてここに……」
「彼等の……付き添い?お見送り?まあ、いずれにしろ偶然だね」
「グレイズ、知り合いなのか?」
「うん、カルザは昔からの付き合いでねー……色々知ってるよ?」
ニヤリと笑うグレイズの姿に、彼は震えている。
「カルザ、このエリちゃんとカガヤクンは僕の友達なんだ。お願い、昔のよしみで乗せてって上げてよ。お金は払うからさ」
「お金を払うのは当たり前だ!お、お前の頼みでも俺は、」
「カルザは五年前、僕の事を─────」
「何人でも乗せてやるからその話は止めてください!」
悲痛な叫びと共に、カルザは膝をついた。
「……なんだか申し訳無いな」
「だな……だがまあ、ここは甘んじて乗せて貰おうか」
かくして、彼の事を気の毒に思いながらも俺達は晴れて、ナルシアへ向かう鳥車を手に入れたのだった。