第56話 『交換条件』
「ソレイユ、少し良いか?」
「ええ、大丈夫ですが」
彼女は突然エリスに呼び掛けられ、不思議そうな表情を浮かべたが快く頷いた。
「私はこれから、ナルシアに向かおうと思う」
「……!何故ですか?」
「あの傷を負った騎士は、気絶する前に『ナルシア』そして『邪悪』と言った。ソレイユ……お前も聞き覚えがあるだろう。『邪悪の樹』という名前に」
「それは……」
ソレイユは目を逸らし口篭る。
その反応から何かを察したのか、エリスは彼女に一歩詰め寄る。
「彼は、二番隊騎士だな。叔父上は昨日、二番隊を派遣したと言っていたが……」
「……はい。彼は昨日二番隊騎士を連れ、『心臓』を回収する為、ナルシアに向かいました」
「ふむ、ナルシアへは走鳥に乗っても半日はかかる……着いてすぐに襲われたと考えるのが妥当か……?」
「し、しかしエリス様。貴方とカガヤ様はヘクトル王に街に滞在するよう言われたのでは……」
ソレイユは僅かに焦った様子で言う。
エリスはそんな彼女に鞄から本を取り出すと、それを手渡した。
「こ、これは?」
「グレイズ、頼む」
「えぇ!あれを見せるの?流石にマズくない?この娘がそうだったら……」
「構わないさ。所謂、情報共有だと思えば良い」
「うーん、まぁ、エリちゃんがそう言うならいいケド」
グレイズはどこか心配そうにしつつも本に手を掛ける。
『姿を現せ』
詠唱。本が徐に開き、辺りに風が吹いて通行人達が小さな悲鳴を上げる。
その現象にソレイユは目を見開いた。
「これは、ヘクトル王の……っ?!」
そして、開かれた本の内部に浮かんだ、
『騎士隊の内部に、邪悪の樹に離反した者がいる』
『ナルシアに向かえ』
という言葉見た瞬間。
彼女は誰かが見ていないか確認する様に周りを見回した。
「な、何ですか、これは?!」
「叔父上からの伝言だ」
エリスは淡々と答え、驚くソレイユに笑いかける。
「だが、安心したよ。お前は離反してはいなさそうだ」
「ソレイユさんには悪いけど、信用して良いのか?」
自分でも嫌なことを言っているのは分かっているが、ソレイユが離反している可能性が無くなった理由が分からない。
「信用して良いと思うぞ、もしソレイユが離反してるなら……自身の汚点に関する重要な情報が書かれた本を、開きっぱなしにするものか」
エリスの言葉でソレイユに視線を向ける、彼女は呆然と本を開いたままだ。
「……なるほど」
「そういう事だ。ソレイユ、我々は叔父上の指示通りナルシアに向かう事にする。止めてくれるな」
「そ、そういう事ならば、私には止められませんが……」
ソレイユは本を閉じ、こちらに差し出す。
エリスは本を受け取ると、再び鞄にしまい込んだ。
「だが、一つだけお願いがあってな」
「は、はい?なんでしょうか」
「お前はお前で、騎士達内部を洗って欲しい」
エリスの言葉に、彼女は表情を僅かに曇らせたが、どこか覚悟を決めた様に頷いた。
「分かりました、そのお願い……承諾致します」
「感謝する、ソレイユ」
「しかし、代わりといっては難ですが、私もお願いがあります」
「む、なんだ?」
ソレイユはどこか恥ずかしそうに、俺の隣に視線を向ける。
そこには狐娘の少女、ルナールが居た。
ルナールは何かを察したのかカタカタと震え始めた。
「今度、ルナール様と一日過ごさせて貰えますか?」
「うむ、いいぞ。なぁ?グレイズ」
「うん、いいよー。しばらくお店は暇だし」
「ちょっとー!私の意見を聞いて下さいですー!!嫌ですよー!!!」




