第53話 『密告』
前回加筆しました!!
「さ、冗談はさておき」
「えっ?!」
ひらりと俺から離れたグレイズは、いつの間にか手に持っていた一冊の本を机に置いた。
「なんだか良いように男心を弄ばれた気がする……」
「奴はいつもこんな調子だ、マトモに取り合うだけ無駄だ」
「酷いなぁ、エリちゃん。僕は一応真剣にカガヤクンな御付き合いを提案したんだよ?」
グレイズは不満気に口を尖らせる。
複雑な心境で、何となしに手に持つ本に視線を向けると─────、
「ん?あの本って……」
未だに手にしがみついているエリスに目配せする。
彼女も異常に気が付いたようで、俺から離れると自分の鞄の中を漁り始めた。
「本が無い?!グレイズ、お前勝手に……!」
あれは国王ヘクトルがグレイズに借りていた本で、アルトリウスに届けるよう頼まれた品物だ。
いつエリスの鞄から取ったのだろうか、全く気が付かなかった。
「あはは、ゴメンね。初めて見る本だったから、ついつい取っちゃった」
「ついつい、ではないわ!って……初めて見る、だと?」
「うん?そうだけど」
「それは、叔父上がお前から借りた物だと聞いていたが……」
「ヘクトルに?ん~、貸した覚えはないけど─────」
そう言ってページをパラパラと捲ると、グレイズはある箇所で目を見開いた。
「あ、そういう事ね」
そして、徐に本の上に手をかざした。
『姿を現せ』
カタカタと本が震え、店内に風が吹く。
ページに刻まれた文字はあちらこちらに蠢き、その様相を変えてゆく。
そして、やがてそれは別の文字列へと成った。
「これは……?!」
「ふんふん、なるほどね」
彼女達は本に現れた文字を見て、各々表情を変える。
「一体何してるです!掃除するの大変なんですよ!」
騒ぎを聞き付けたのか、辺りに散乱した物を片付けながら店の奥からルナールが現れる。
「え、なんですか。コレ……」
そんな彼女も、机の上の本を視界に入れた瞬間に怪訝な表情になる。
この世界の住人ではない俺は当然、普通には文字は読めないから、能力による翻訳越しで文字を読んでいる。
「─────」
だが目に映る言葉は翻訳越しでも顕著に、その強烈な意味を示していた。
『騎士隊の内部に、邪悪の樹に離反した者がいる』
邪悪の樹。
ヴァジュラという人物に従う、俺と同じ転移者の一団だ。
その名前を聞くのは何回目だろうか。
皆一様に、当然俺も言葉を失う。
それに追い打ちをかけるが如く、文字が再び変化する。
『ナルシアに向かえ』
そう示した後、スルスルと文字は元の場所に戻っていく。どうやらメッセージは以上らしい。
「なんだか見ちゃいけない物を見た気がするですよ……」
ルナールは一連の密告を見てしまった事を後悔するかの様に、耳をペタリと倒している。
(ナルシア。向かえって言うからには、地名なんだろうけど……どこの事だ?)
「エリ─────」
「ナルシアは隣の領地にある街だ」
俺が問いかける前に、エリスは本を自分の鞄に仕舞いながらそう告げた。
「と、隣の領地か……そこに何かあるのか?」
「分からない。だが、あの叔父上がこんな回りくどい事をしたのだ。事態はかなり切迫しているのは確かだ。カガヤ、すぐにナルシアへ向かうぞ」
「り、了解」
「グレイズ、それにルナール殿。邪魔したな」
「ま、またのご来店お待ちしてますです!」
ルナールに見送られながら、少し深刻な面持ちのエリスに続いて店の出口に向かう。
その時─────、
「二人共、ちょっと待った」
突然、呼び止められ足を止める。
否、少し語弊がある。
足が、勝手に止まった。
「動け、な……あぶねっ?!」
つんのめる身体を辛うじてバランスを取って支え、体制を立て直す。
まるで強力な接着剤で固定された様に、足が地面から離れない。
「っ?!」
前にいるエリスも同じく足が動かせないらしく、よろめく身体を、壁に手を付けて支えている。
「何のつもりだ。グレイズ!!」
そして彼女はどうにか上体だけで振り返ると、この現象を引き起こした張本人に抗議の声を浴びせる。
「店長、何してるですか」
店員のルナールですら、彼女に冷ややかな視線を向けている。
「いやー、皆驚かせてゴメンね。でも、今はナルシアに行かない方が良いよ」
「それは、どういう意味だ」
「なんて説明すればいいのかな。まぁ簡単に言うと二人共……死んじゃうよ」
数秒、遅れて脳が言葉の意味を理解した。
まるで既に結果が見えているかの様に、彼女は俺達が『死ぬ』と告げたのだ。
「説明になっていないぞ!?」
「うーん、あんまり僕も説明したいのは山々なんだけど能力の関係上どうにも言えなくてね……」
(能力……?)
僅かに引っかかる。
グレイズは俺が視線を向けているのに気が付いたのか、口を手で抑えながら椅子に座り込む。
「おっと、口が滑っちゃったかな。まあ、今日は星の位置が悪いって事で。また明日ナルシアに行く事をオススメするよ」
「訳が分からん、いいからこの拘束を解け」
「それなら明日出発にしてくれる?」
「断るに決まってるだろう!事は一刻を争うかも知れんのだぞ!」
「それじゃあ、術は解いてあげない」
「ぬうう……」
エリスはキッと睨みを利かせる。
睨まれているグレイズの方も、片目を瞑り鋭く目を光らせている。
視線と視線のぶつかり合い。
その数秒の攻防の後─────、
「分かった、分かった!明日出発にするから早く解放しろ!」
魔女は威厳も何も無く、悲痛な叫びを上げた。
どうやらそろそろ支える手がキツくなってきたらしく、プルプルと震えている。
「ふふ……」
グレイズが小さく笑うと、ふわりと足が軽くなった。
「わぷっ?!」
ビタン!!と大きな音を立てて、地面にエリスが倒れた。
「言質取ったからね。それと、宿の心配はしなくていいよ。責任持ってこの家に泊めてあげる」
「お……」
「うん?エリス、何か言った?」
火の粉がフワリと辺りに舞う。
これは、嫌な予感がする。
同様に何かを察したのか、こそこそとルナールが店の出入口に歩いていき、扉を開けた。
「す、すみません店長。お客様の為に買い出しに行ってくるです」
「お、俺も付いていきマース……」
それにあやかって俺も扉を潜り脱出する。
そして、ゆっくりと扉が閉まった瞬間、
「おのれ、グレイズ!只では済まさん!」
「わあああぁっ?!エリちゃんストップ、ストップ!!」
怒りに身を染めた魔女の声と、それに追われるグレイズの声が店内から木霊した。
「じゃあ……行きますですか」
「そうだね……」
俺とルナールは爆発音が響く店を後にした。