第52話 『茶会にて』
「どうぞです」
妖狐の少女ルナールは机の上に三つ、カップを差し出す。
机を囲んでいるのは、俺とエリスそして、
「ありがとう、ルナール」
労いの言葉を投げかけている、この店の主グレイズだ。
彼はルナールを見て何かに気が付いたらしく、食い入るような視線を向ける。
「あれ、服を変えたのかい?珍しいね、似合ってるけど」
グレイズの言葉にルナールの服を見直す。
言われてみれば確かに、着物から変わって妙にフリフリが付いた可愛らしい服になっている。
「う……あ、ありがとうです」
「え、何かあったの?」
彼女はグレイズの問いかけに何かを答えようとして─────、
「鎧のお姉さん、怖いです……」
ただ一言、そう言った。
何か怖いものを思い出す様に身震いしながら、ルナールはよろよろと店の奥に下がっていった。
王の間から出た後、ルナールは鎧のお姉さんにいったい何をされたのだろう。
隣に座るエリスも顔を青くしている。
「やべ、こっちまで怖くなってきた……」
恐怖に乾いた喉を潤そうとカップに手を掛ける。
中を見ると半透明の赤い液体が、なみなみと注がれている。
「むぅ……」
口に含むのが憚られるのは、何故だろうか。
この怪しい店の中ではいかがわしい物に見えてならない。
チラリとエリスの方を見ると、彼女も気を取り直す為にその液体を飲み始めている。
(甘いか、辛いか……あるいは苦いか……)
俺も恐る恐る湯呑みを口に運び、一含みする。
鼻を通る、甘苦い、何かの花の様な独特な香り。
「……紅茶?」
何度か味わった事のある甘い様な、苦い様な風味、これは紛うことなき紅茶だ。
「ご名答!流石、転移者だね」
「ぶっ!?」
転移者という不意な呼び掛けに、俺は再び口に含んだ紅茶を吹き出しそうになる。
「な、なんで俺が転移者だって……」
「その飲み物は紅茶と殆ど同じだけど、この世界では『レズィ』って名前なんだよね」
「そうだったのか……」
見事に墓穴を掘って、容易く転移者という事を見抜かれてしまった。
「ふん!」
カップの中身をすっかり飲み干すと、エリスは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「グレイズ、お前……セバスからカガヤが転移者だと聞いていたな?そうでなければ、ケチなお前がこんな珍しい飲み物を出す訳が無い」
「え、そうなの?」
「あはは……」
エリスの糾弾に、彼は困った様に苦笑いをする。
「恥ずかしいけど、ご名答。流石エリちゃんだね」
「ええい、気安くエリちゃんと呼ぶな!」
プンプンと音を立てながら、エリスは身を乗り出して講義する。
「え、じゃあ……もしかして街で俺が助けた時から転移者だって知ってたのか?アイツらに襲われてたのも……」
俺が皆まで言う前に、彼は言葉を遮る様に人差し指を自分の口元に当てた。
「いいや、あれは本当に偶然だよ。そして─────」
彼は椅子から立ち上がり俺の側まで近付いて来る。
「それはつまり、僕と君は出会うべくして出会ったとも言える」
がっしと、グレイズが俺の手を掴む。
「改めてお礼を言いたい。助けてくれてありがとう。カガヤクン」
「な─────」
彼はどこか中性的な見た目で、なんというか、少しどぎまぎしてしまう。
すると、いきなり隣にいるエリスが椅子から勢い良く立ち上がった。
「カ、カガヤ!私とはぐれてから何があった?!」
「ああ……ちょっと暴漢達からグレイズを助けたんだけど……」
「そう、あの時のカガヤクン……格好良かったよ。どうかな、良かったら僕と付き合わない?」
「付き合……え?」
妙に艶のある声色のグレイズが更に強く手を握ってくる。よく見ると、彼の頬が僅かに赤くなっている。
「あ、あのグレイズさん?気持ちは嬉しいですけど、その、俺はそっちの気は無いんですが……」
「まさか気が付いていないのか?」
深刻な表情で、どこか思わせぶりな事を言うエリス。俺はただ首を傾げるばかりだ。
「気が付くって、何にだよ」
「グレイズは……女だぞ」
「は?」
「エリスの言う通り、僕は女だよ。ほら」
グレイズは俺の手を自らの胸に当てる。
ふわりと柔らかい感覚が、手に触れる。
「ま、マジかよっ?!」
慌てて手を離す。
今まで勘違いしていた。彼、ではなく彼女。
「うん、大マジだよ。これなら問題無く付き合って貰えるかな?」
「いや、その……」
それと、付き合う付き合わないは別問題だ。
どう返事をしたものか分からないでいると、背後から熱を感じた。
「カガヤ……当然断るよな?」
「え、エリス待て、火を出すのは止めてくれ」
「そうだよエリちゃん、カガヤクンが困ってるじゃない」
彼……否、彼女はそう言いながら、楽しそうに俺の腕にしがみついてくる。
「なっ……そのくらい私だって!」
「え、何してんの?」
何故か対抗してエリスも腕にしがみついてくる。
もはや訳がわからないが、両腕が柔らかい感覚に襲われているというのは分かる。
そして─────
「じーーー」
「……はっ!」
ふと向こうの棚の影に狐娘のルナールがいるのに気が付く。彼女は呆れた表情を浮かべながら呟く。
「やっぱり、変態さんでしたか」
「ち、違う、俺は変態じゃない!至って健全な男子だ!信じてくれぇえ!」




