第51話 『グレイズ・ラクラカルテ』
縦横無尽。人が行き交う街の大通り。
耳が横に付いている人から、縦に付いている人まで。
選り取りみどりの往来の渦中で、俺は立ち尽くしていた。
何故ならば─────、
「速攻で、はぐれた……」
情けなく頭を抱えて呟く。
数分でこんな事態に陥るとは思わなかった。
もはや影も形も見えないエリスの姿を探しながら、見知らぬ街の中をフラフラと彷徨う。
「エリスーー!どこに行っ……あうっ?!」
「痛てーな!気ぃつけろ!」
「す、すみません……」
見知らぬ人にぶつかり怒鳴られる、まさに泣きっ面に蜂だ。この人通りでは、数メートル歩くのにも苦労する。
「迷った時の集合場所とか、決めてないしなぁ……ん?」
ふと視線を横に移すと、沢山の新聞らしきものが貼られた大きな掲示板が見えた。
そして─────
「おお……なんて神的なタイミング!」
その中には、この街の地図も貼られている。
目の前に現れた助け舟に飛びつき、今いる自分の場所と照らし合わせ端から端まで目を走らせる。
「見つからねー……」
全くもって見つからない。
いくつかの大きい店は、きちんと名前の記載があるのだが、その中にグレイズ魔法店という場所は無い。
「クソッ、標識も無いし不親切過ぎんだろ!」
エリスはグレイズ魔法店に向かうと言ってはいたが、当然俺がその場所を知っている訳もない。
「いよいよヤバいな。城は……流石に戻れないし」
王様と謁見したにはしたが、俺一人で向かっても門前払いを食らってしまうだろう。
(そもそも、城に戻れるかも怪しいんだけどな)
「はぁ……」
半ば自嘲気味に溜息を吐いていると─────、
『おい、坊主!』
いきなり、男の怒声が辺りに響き渡る。
何事かと見回すと、店の前で店主であろう強面の男が店先に立つ黒髪の青年に掴みかかっていた。
「今、ウチの商品取ってったよなぁ」
「えー、何も取ってないけど?」
まるで子供にも大人にも見える青年は、店主の剣幕にも動じずに首を傾げている。
「シラを切るつもりってワケか。じゃあ……」
店主の男はいきなり青年の鞄に手を突っ込むと、大きな宝石を取り出した。
そして、わざとらしく周りの人に見える様に掲げた。
「コイツはなんだ?」
「おお!いつの間に入れたんだい?全く気が付かなかった。君、隠形の才能あるかもね」
「はぁ?訳の分からねぇ事言ってんじゃねえよ。とにかく……騎士隊は呼ばねえでおいてやる。だが、詫びとして有金を全て置いてってもらうぜ」
店主は手を差し出し、下卑た笑いを浮かべた。
「またやってるよ……」
小さく俺の側の男が呟く。
「また?」
「ん?ああ……君も初めてこの街に来たのかい?あの店主はな、店に入った人に難癖付けて金を巻き上げてるのさ。しかもこの辺りを収める商会の会長の息子だから、誰も逆らえないんだ」
「会長の息子?それだったら金巻き上げる必要は無くないか?」
「よくは分からないが、きっと暇潰しなんだろう」
「暇潰しって……。騎士隊は助けてくれないのか?」
「一応何度か捕まえてはいるんだが、すぐに釈放されるんだよ。だからもうやりたい放題さ、あの子は運が悪かったな……」
男はもううんざりといった様子で、その場から去っていった。
「なるほどな……」
どうやら元の世界と同じで、異世界にもタチの悪い事をする奴は居るらしい。
「うーん。残念だけど、今お金無いんだよねぇ」
黒髪の青年は、頭を掻きながら恥ずかしそうに笑う。
「ほー、払えないってか?だったら─────」
店主が辺りに目配せをすると、人混みの中から何人か男達が店先へと近付いて来る。
(これは……)
俺はすぐに青年の元へと駆け出す。
「ちょっとばかし痛い目に合ってもらうしかねえな」
「あはは……困ったな……」
ゆっくりと青年に店主の腕が伸びてゆき─────、
「お邪魔しまーーーす!」
助走、跳躍。そして衝突。
店主の顔面に、俺の飛び蹴りが綺麗にめり込んだ。
「ぶごっ?!」
店主は悲鳴を上げて吹き飛び、地面に倒れ込む。
「安心しろよ、顔面セーフだから」
「「「?!」」」
周りの店主の仲間であろう男達は、突然の出来事に二の足を踏んでいる。
そして、街の喧騒が遠のき─────
【救済行為『加勢』を確認しました。おめでとうございます。加護『援護射撃』を入手しました】
機械の様な声がポケットの携帯から聞こえた瞬間、ピタリと時間が止まる。
「久しぶり、アイ!」
【お久しぶりです、加賀屋様】
彼女の言葉を聞きながら、ぐるりと周りを見渡し店主の仲間が居ない箇所を見つける。
─────三秒経過。
時間が動き出し、街の喧騒が戻ってくる。
「こっちだ!」
俺は青年の手を引いて、人混み中を走り出す。
「え、わっ?!君……」
彼は明らかに動揺してこちらに問いかけてくる。
「話は後!いいから走ってくれ、追い付かれる!」
背後から聞こえる複数の男の怒声が、徐々に迫ってくる、
(向こうは土地勘があるだろうし……どこに逃げれば巻くことが出来るんだ?!全然分からん!!)
左右の道を見渡すが、先が見えず行き止まりかどうか判別がつかない。
いざ助けた癖に、すぐに捕まるのは格好悪すぎる。
「……付いてきて」
「えっ、あ、ああ」
彼は俺を追い抜き、むしろ俺の手を引いて大通りを走り出した。
◆
「……はぁ……はぁ」
あれから幾つもの路地を抜けた。
男達はどうにか撒けた様だ。大通りから離れた場所に来たせいか、もはや人通りは無くなっていた。
「ありがとう、君のお陰で騒ぎにならずに済んだよ」
「あ、あぁ、良……良いって事よ……」
彼はあれほど走ったのに、息も切らしていない。
(あれ、もしかして助けなくても大丈夫だった?)
そんな事を考えていると、彼は再び俺の手を引いて歩き出す。
「ちょ、待った。どこ行くんだ?」
「君にお礼がしたくてね。僕の家に招待したい」
「あー……有難いけど……俺、知り合いを探しにグレイズ魔法店って所に行かなきゃ駄目なんだよ。だから─────」
「なら尚更、丁度いいと思うよ」
そう彼が言いながら、角を曲がった瞬間。
それが目に入った。
「なんだ、この建物……」
金色に塗れた外観に、所々に目玉が描かれた御札が貼られている。
そして、入口には『満員御礼』と書かれた謎の蛙のような形の置物がそびえ立っている。
胡散臭さが振り切ってしまって、もはや本当に怪しい匂いがする。
「ささ、遠慮せずに」
そんな恐らくは店であろう物に向かって、彼はグイグイと俺を引っ張っていく。
彼が軽く扉を押して開くと、来客を知らせる鈴の音が鳴り響いた。
「わー……凄いなコレ」
辺りには、大小様々な本が積まれ。立ち並ぶ戸棚の中には正体不明の物体が瓶詰めの標本にされている。
更には五芒星、六芒星、色々な形状の魔法陣が壁や床に描かれている。
そして、先程から謎の甘い香りが鼻を突くのが気になる。お香か何かが炊かれてるのだろうか。
「ただいまー、お客さんだよ。ルナール」
「ルナール?」
聞き覚えのある名前に耳を疑う。
すると、奥の戸棚の裏から二つの影が姿を現した。
「おかえりなさいです!」
金色の耳と尻尾を付けた狐娘。
「あれ、エリちゃん。来てたんだ、久しぶりだね」
「やっと来たか!今すぐ人探しの魔法を使ってく……れ……」
そして、俺の顔を見て固まる赤い髪の小さな魔女。
というか─────、
「エリス?!」
「カガヤ!?」
お互いを指差し、お互いに驚く。
なんで街中ではぐれた筈のエリスが、こんな場所にいるのだろう。
「何故ここにいる?!」
「こっちのセリフだよ!グレイズ魔法店に行ったんじゃ……って、いや……まさかこの店って」
後ろを振り返り、俺をここに連れてきた黒髪の青年を見やる。
「そう!ここが、僕のお店……グレイズ魔法店だよ」
「じ、じゃあ、お前が……」
彼は僅かに笑みを浮かべる。
「うん、僕が……店主のグレイズ。
グレイズ・ラクラカルテ。よろしくね、カガヤクン」




