第50話 『始末』
「……俺は加賀屋 尽っていいます。よろしくお願いします、リーファウスさん」
リーファウスと名乗る騎士は、俺の言葉を聞いて不敵に笑う。
それを見て、エリスが苛立った様子で腕を組んだ。
「何が可笑しい」
「いやなァ、こんな普っ通な奴が心臓を持ってるなんて思えなくてよォ。あんなシロモノを御してるとも考えらんねぇし……」
「リーファウス、お前……何が言いたい?」
エリスの追求に、彼の表情が僅かに陰る。
「俺が言いたいのはなァ……遅かれ早かれコイツが飲み込まれちまうんじゃねェかって事だ。つーか、そうなる前に─────」
彼は腰に付けた剣に手を掛けた。
「今ここで、先に始末しておくかァ?」
瞬間。
全身を切り刻まれ、血を流して地面に倒れる俺の姿が脳裏に過ぎった。
(こいつ……本気で……!?)
身体全体を上から押さえつけられている様な、圧倒的なプレッシャー。
動けない。動いたら本当に殺されるのではないか。
汗が頬を伝い。息が切れる。
ゆっくりと銀色の刀身が鞘から引き抜かれ─────、
「そこまでだ」
「っ?!」
突然の声に、身体を覆っていたプレッシャーがふわりと消える。気が付くと、リーファウスと俺の間にエリスが立ち塞がっていた。
「それ以上剣を抜けば……お前を敵と見なす」
彼女の手には杖が握られ、その切先はリーファウスへと向けられている。
「ほォ……お前にオレが止められんのかァ?」
「当たり前だろう、お前を私が倒せないとでも?」
魔女と騎士の激しい睨み合い。まさに一触即発の状態だ。
重苦しいプレッシャーから一転、辺りの空気がピリピリと鋭くなってゆく。
周囲の修道士や使用人は遠くに逃げ去る。
彼の背後の騎士達ですら、どこか緊張した様子で事の顛末を見守っている。
リーファウス・クラウド
彼の実力は隊長を名乗っていた辺り、相当な物なのだろう。
このままでは、エリスが重くは無くとも怪我をしてしまうしれない。
(……無力化で、仕留める)
目の前の敵を見据えて、一歩前に出る。
魔法は掻き消せる、剣を抜かれる前に彼の身体に触れれば、こちらの勝ちだ。
そして─────、
「はァ……メンドクセェ、やめだやめだ」
彼は溜息を吐いて僅かに抜いた剣を収めた。
「ほう、お前から引き下がるとはな。少しは大人になったのか?」
「ハッ!うるせェな。俺はヘクトルの爺さんに仕事頼まれてて忙しいんだよォ。それに……」
彼は一瞬こちらを見やる。
そして、再び不敵な笑みを浮かべた。
「こうも見張られてたら遊ぶ気も起きねェよ」
そう言ってリーファウスは剣から手を離す。
その言葉の意味が分からないまま、緊張で乾いた目で瞬きをした。
「賢明な判断だ、リーファウス」
くぐもっていても厳格さが伝わる、聞き覚えのある声が響く。
一瞬だった。
目を閉じた一秒にも満たない間に、彼の隣にもう一人騎士が現れていた。
(この人は確か─────)
「アルトリウス……」
エリスは微妙に嫌そうな顔をして、その名前を呼ぶ。
白い外套をたなびかせながら、彼はエリスに向かって軽く、優雅に一礼をする。
「間が悪いなァ、アルトリウス。もう少しで、楽しい……」
「今すぐ回収に向かえ、ヘクトル様を待たせるな」
彼はリーファウスの言葉を遮る。
その語尾からは僅かな怒気が感じ取れた。
「はァ〜……そんな怒んなっての、分かったよ。行くぞお前らァ」
彼は渋々といった様子で、騎士達を連れて門に向かって歩き始める。
しかし数歩、歩いた所で彼は立ち止まり振り返った。
「カガヤジン、つったかァ?」
突然名前を呼ばれた。返事も出来ずに視線を向ける。
「もしお前がソレに飲み込まれて暴れた時は、俺が相手してやるからなァ……楽しみにしとけェ」
彼は最後に嫌味ったらしく言って、今度こそ立ち止まる事無く去っていった。
◆
「「はぁ〜〜……」」
疲れた。長めの溜息を吐く。
同じく溜息を吐いたエリスは、いそいそと杖を服の内側にしまい込んだ。
そして─────、
「助けて貰ったつもりは無いが。一応は感謝する、アルトリウス」
未だにその場に佇んでいる白い外套を身に纏った騎士、アルトリウスへと視線を移した。
「勿体なきお言葉、有り難く頂戴致します。お嬢様」
彼はエリスの言葉に、丁寧に一礼する。
その粛然とした態度に、見ているこちらが背筋が伸びてしまう。
「むぅ……」
エリスはどこか不満そうに口を尖らせる。
王の間で彼と会った時も、彼女はどこかやり辛そうだった気がする。
苦手なタイプなのだろうか。
「そ、それで……何の用だ。リーファウスを諌める為だけに来たのではあるまい?」
「ええ、ヘクトル様からお嬢様とカガヤ殿へ……本を預かっています」
「「本?」」
エリスと言葉が被る。
アルトリウスは、どこからか本を取り出しエリスに差し出した。
「……これは?」
彼から本を受け取ると、エリスは不思議そうに首を傾げた。
「こちらはヘクトル様がお借りしていた魔導書です。こちらをグレイズ様の元まで届け、返却して欲しいとの事です」
「はぁ?!な、何故私が……そのくらいお前が届ければ─────」
彼女はすぐに本を突き返す。
しかしその行為は無駄に終わった。何故ならば、既に俺達の目の前からアルトリウスは姿を消していたからだ。
「…………」
小さな魔女は笑みを浮かべ、わなわなと小さく震えながら本を鞄にしまい込んだ。
「エ……エリスさん。大丈夫ですか?」
思わず敬語で語りかける。明らかに怒っている。
「何、問題は無いさ」
「そ、そっか。ならいいんだけど」
「次会った時に覚悟しておけ、アルトリウス……叔父上も!」
目に炎を灯らせながら魔女は拳を握りしめた。
何をするつもりなのかは、深くは聞かないでおこう。
「ふぅ……だが、まあ丁度良いといえば良い。元より私も向かうつもりだったからな」
「ん、向かうって何処に?」
「決まっているだろう。グレイズ魔法店に、だ」




