第49話 『心臓』
エリスはズンズンと城の中を突き進んでゆく。
その肩で風を切る勢いの彼女、その後ろに付いて隠れる様に歩いていた。
というのも─────、
「…………」
たった今隣を通った騎士もそうだが、所々ですれ違う騎士達。その兜の隙間から鋭い視線を感じるからだ。
(流石に警戒はされるよな……)
俺は一応、国王であるヘクトルから問題無しという裁定が下されたが、それを快く思っていない者も少なく無いのだろう。
今の俺は一介の大学生ではなく、
【闇の竜の心臓を持つ転移者】という事になっている。
俺の世界で言うなら、
【悪魔の心臓を持った宇宙人】と言った所だろうか。
「そりゃ……睨まれるよな、当然といえば当然なんだけど……はぁ……」
自分の経歴の仄暗さに溜息を吐きながら、エリスが巨大な扉を通っていったのでそれについて行く。
「う─────」
突然辺りに光が蔓延し、目に僅かな痛みが走る。
徐々に慣れた視界で周囲を見渡す。どうやら俺達は城の外に出たようだ。
少し遠くに見える正面の門には跳ね橋が掛かっていて、幾人もの修道士のような人や城の内部で見たのと同様の騎士が行き交っている。
左右には緑に覆われた庭園が広がり、何人もの使用人らしき人々がその手入れをしていた。
「っ……」
先程まで力強く歩みを進めていたエリスは立ち止まると、どこか悲しそうにじっとその人達を見つめていた。
レイスとカーラ、セバスを思い出しているのだろうか。
「エリス……大丈夫か?」
どこか心配になり声を掛けると、彼女はハッと我に返った。
「あ、ああ……済まない。少しボーッとしてしまった。流石に、疲れが溜まっているみたいだな」
エリスは取り繕う様に目を擦る。
彼女の目に薄く隈があるのに気が付く。今まで、あまり眠れていなかったのだろうか。
「きっと無事だよ、三人とも」
そう、励ます様に言葉を紡ぐ。
何の確証も無い。責任も無い。
ただの希望的観測に過ぎない言葉だ。
こんなありきたりな事しか言えない自分が恨めしくなる。
「うむ、ありがとう……カガヤ」
それに、エリスは屈託の無い笑顔で返事を返してきた。
「─────」
その姿に、ドクンと心臓が高鳴る。
「やっぱり意外と可愛いよな、お前」
「ふ、ふん、当然だろう……意外とは余計だ」
そう言って、不満そうに口を尖らせながらエリスは再び歩き始める。
目の前を歩く魔女には、異世界で出会ってからずっと助けられてばかりだ。
(少しは、俺も役に立たないとな……)
フィルにも最期に言われたのだ。彼女を、エリスを守ってくれと。
『救済者』などという仰々しい名前の能力を手に入れたのだから─────、
(エリスだけじゃない、手の届く人達……皆、助けまくってやる)
あの村のように、あの時のように。
何も救えず自分だけ生き残るなんて、最悪の結末は二度と迎えさせない。
「……っし!」
自分の顔を両手で叩いて、奮起した時。
門の向こうから騎士の一団が歩いて来るのが見えた。
「む……」
折角気合いを入れたというのに、しなしなと力が抜ける。
また騎士達に視線の串刺しに合うと思うと、どうにも気分が重くなってしまう。
(いや、こういう時こそ堂々と─────)
そんな事を考え、どうにか自己啓発を試みていると、いきなりエリスがその歩みを止めた。
「ん、エリス?」
疑問に思い声を掛けるが、彼女は何も答えない。
「…………」
そしてしばらく何も言わずに、目の前を歩く騎士の一団を認めると─────、
「チッ!」
彼女は地の底から響くような舌打ちをした。
「ど、どうした?」
「気をつけろ、嫌な奴がいる」
そう言って彼女は、騎士の一団の先頭に立つ赤い髪の男を視線で指し示す。
あれは先程、王の間に居た隊長の騎士だ。
彼は視線を感じたのかこちらを振り返る。
「─────」
すると苦虫を噛み潰したような顔を浮かべつつ、こちらに向かって歩いて来る。
そして、俺達の目の前で立ち止まった。
「オー……さっきは中々気持ちの良い煽りを見せて貰ったぜ、クソガキ」
「ああ、久しぶりだな。元一番騎士隊隊長リーファウス。てっきり騎士から降ろされたと思っていたが……ふっ、叔父上はお優しいな」
「カッ!相変わらず小せえ癖に腹立つ野郎だなァ……って、ン?オイオイ……」
エリスと向かい合っている男は俺に気が付いた瞬間、わざとらしく両手を上げた。
「一体全体、なんで大罪人が外を出歩いてんだァ?」
「大罪人?お、俺の事ですか?」
「お前以外に誰がいンだよ。まさか……自由の身になったってのか?」
「そうだ。叔父上の采配でな」
「はァ〜?」
「不満があるか?」
「当たり前だろうが、ヘクトルの爺さんもヤキが回ったんじゃねーかァ?」
彼は頭を抑えて自らの主君に対して文句を垂れる。
今まで出会ったソレイユやアルトリウスと言った騎士達とは違う。
彼の纏う雰囲気は、騎士というにはあまりにも荒々しい気がする。
「エ、エリス。この人は……」
「アァ?俺か?」
エリスに向けた問いかけの筈だったが、彼は意気揚々とそれに食い付き自信満々に答えた。
「俺は、王都騎士隊二番隊隊長ォ!
リーファウス・クラウド様だ。
ま、せいぜい仲良くしてくれや」
次回の投稿は明日の23時辺りです




