番外 『氷霧の賢者、ロイド』
前回48話加筆しました!
今回は番外編で、39話のその後の話です。
《氷霧の賢者》ロイド
マグナで有数の魔法使いである彼は、眼前の存在を前に思案していた。
(心臓を確かに貫いた。普通なら即死の筈……この再生能力、まさか受肉体を守ったのか?)
胸から血を流し、倒れた青年。
しかしその傷は既に塞がっている。
そして、彼の身体は徐々に黒く不定形な何かに覆われてゆく。
「面倒臭い。まさか、ここまで適合しているとはな」
「カガヤ!」
背後で知り合いの女の娘が叫ぶ。
その声に反応する様に、まさに闇とでも言うべき不定形の黒塊は大きく肥大する。
「貴様!カガヤに何をした!」
炎の気配。
振り返るとメイド達と共に、セルティスの娘がこちらに杖を構えていた。
「いちいち五月蝿い奴だ……面倒臭い」
「何だと?!」
憤慨する娘は置いておいて、隣の執事に視線を移す。
彼はこちらに目もくれず、肥大を続ける黒塊を見て驚愕している。
「キジマ……少し予想を間違えた。面倒臭い事になる前に、とっととそいつらを連れて逃げろ」
「っ!?ロイド、お前……止める気か?」
「一つ分の心臓くらい、なんでもない。ちょっと面倒臭いがな」
既に青年の身体は闇に飲み込まれ、影も形も無い。
闇は家屋の高さを超え、地面に倒れる村人の亡骸も飲み込んでゆく。
『───、──ン』
不明瞭な声が塊から響くと、巨大な炎の塊が空中に現れた。
「ったく、もう魔法まで使えるのか。面倒臭い……」
とてつもない熱量を秘めたそれはゆらゆらと辺りを漂い、近くの家屋に触れて爆発した。
家が丸ごと吹き飛ぶ。付近の木もその爆風に軋み、しなり、へし折れた。
「きゃああっ!」
爆風に煽られ、メイドの一人が悲鳴をあげる。
「くそっ、カガヤ!」
セルティスの娘は、黒塊に向かって呼び掛けるが当然返事は返ってこない。
あれはもはや人格など無い、魔力の集合体だ。
「レイス、カーラ。お前達はお嬢様を連れて逃げろ。私は、ロイドと共に残る」
「っ?!セバス、それは─────」
執事の呼び掛けるに応える様に、困惑する彼女の身体をメイド達が持ち上げる。
「カーラ?!何をする、離せ!」
「ごめんなさい……でも、ここは逃げましょう。お嬢様が死んじゃいますよ〜!」
「カーラの言う通りです、ここはあの男とセバスに任せましょう」
「レイスまで……カガヤを、セバスを置いて行けるか!私も残って……!」
彼女はじたばたと抵抗するが、二人がかりの拘束を振りほどけずに村の出口まで担ぎ運ばれていった。
「フー……」
彼女達が村の外に姿を消したのを確認して、キジマは安心した様に息を吐いた。
「キジマ、お前も行けよ。正直な話、近くに居られると邪魔だ」
「何、邪魔にはならないさ。保証しよう。お前こそ……死ぬなよ」
「ハ、誰が死ぬか。面倒臭い」
そんなやり取りをしながら、球状に変形し、動かなくなった黒塊に目を向ける。
パキリと闇にヒビが入り、それを皮切りにまるで殻が破れるかの如くボロボロと崩れ始める。
内部が少しずつ顕になり、鈍く光る鱗が見える。
「……来るぞ」
キジマがそう言った瞬間。
殻が全て割れた、落ちた欠片はまるで液体の様に形を失い地面に溶けていく。
そして、巨大な黒い翼で自らを覆ったナニカが、そこには居た。
《─────》
そのナニカは、小さく唸り声を上げながら翼を広げた。
全身を覆った黒い鱗、尻尾は蠢く度に家屋を破壊する。
僅かに開いた口からは、紅蓮の炎が漏れ出ている。
そして闇そのものの如き黒の中でも、まるで血のように赤い目玉がギョロリ何かを視界に捉えた。
執事の男と、鎧の人間。
《──────────!!》
けたたましい鳴き声と共に、辺りに幾つもの巨大な炎が現れた。一つで家を軽く吹き飛ばす爆弾。
そしてそれらは目の前の人間を屠らんと、畝りながら一斉に彼等に飛来する。
だが─────、
炎は爆発せず、彼等に近付いた瞬間。
空中で全て凍りつき、粉々に砕け散った。
「ロイド、腕は落ちていないようだな」
「当たり前だ。しかし……十年ぶりだな、デネブレシア。
いや─────、
黒トカゲ」
《氷霧の賢者》ロイド
彼は楽しそうに、そして心底面倒臭そうに告げた。
次回の話は明日の23時に投稿します。