第45話 『不満』
前回を加筆修正致しました。そちらからご覧頂ければ何よりです。
「話を続けようか、カガヤジン」
床に散乱するウェアウルフだった物を一瞥し、ヘクトルは溜息混じりに告げる。
「……マジかよ」
俺も何度か対面して魔獣の、ウェアウルフの恐ろしさと危険さは身に染みて分かっている。
だが、彼はそんなウェアウルフの大軍を一瞬の内に、いとも簡単に全てを切り刻み屠ってみせた。
(今のが、この人の魔法……?)
─────ギルドバルトの王。《疾風の賢者》ヘクトル
エリスの言葉を思い出す。
その尊大な代名詞は、虚飾でも過大評価でもなかったのだとたった今理解した。
「これは一体……?王都の中に魔獣が現れるなどありえない。結界が破られたのか?!」
辺りに飛散したウェアウルフ。
もはや死体とも呼べない残骸。それに視線を向けながら、エリスは信じられないといった表情で告げる。
「え、結界なんてあるのか?」
「うむ。この街ギルドバルトの城壁には魔獣を退ける魔法張り巡らせてあるのだ。だが、それをくぐり抜けてその中心にある城に魔獣が現れるなど……」
「お、おい。エリス!」
取り乱した様子でエリスは窓に駆け寄ると、遠くの壁を見つめ始めた。
「城壁は破られてはいない……なら何故、魔獣が……」
「そう慌てるな。ここに現れた理由は大方察しがついている。カガヤジン、これは返しておこう」
「え?わっ……とと……」
ヘクトルの手からスマートフォンが空中に浮かび、ゆらゆらとこちらに飛んできた。
「い、いいんですか?まだ俺の能力について説明してませんけど」
いきなりあっさりと返してくれたので、妙な細工でもされたのかとスマートフォンを細かく確認する。
「構わん、貴公は魔獣を前にしてエリスを迷わず助けようとしただろう。それを見て貴公が悪意を持つ転移者ではないと判断した」
「ま、まじですか」
「不服か?」
「あ、えっと、いえ。どうも……ありがとうございます」
いきなり信頼の言葉を投げかけられて、流石に面食らってしまう。
この辺りは流石エリスの叔父という事だろうか。
少し彼を疑ってスマートフォンに細工されていないか確認していた自分が恥ずかしくなってくる。
「エリス」
ヘクトルに呼ばれ、彼女は窓際から俺の横に戻って来た。
「……なんですか、叔父上」
「お前に話した真実は、自分の安否が不明になった際に伝えてくれとセバス自身に言われたものだ」
「セバスから……?」
「そうだ、そして……あいつとは、現在連絡がつかない。ヴァジュラの件もあって、今、話す事にした。これまで隠していた事をどうか許して欲しい」
魔獣が現れても動かなかった玉座から立ち上がると、彼は深くエリスに頭を下げた。
「叔父上……!」
彼女は驚いたような、哀しむような複雑な表情でそれを見つめている。
「私にも責任がある。ヴァジュラの存在を分かっていながら、これまで何の手を打てていない」
「止めてください、王が頭を下げるなど」
「馬鹿な。妹の仇も取れずして、何が王か……」
ヘクトルの声が僅かに震え、床に雫が落ちる。
今まで彼は厳粛な王では無く、家族の死に打ちひしがれるたった一人の男で─────、
「止めろと言ってるだろうが!!」
そんな彼の頭をエリスはグーで殴り付けた。
「ぶがっ?!」
激突音と悲鳴が重なる。
ヘクトルは見事に床と顔面が激突し、うつ伏せに倒れた。
「な─────」
絶句。絶句も絶句、大絶句だ。
エリスは倒れているヘクトルを見ながら腕を組む。
仮に身内だとしても一国の王を殴る奴があるか。
(しかもグーって……)
プルプルと震えながらヘクトルは手をついて起き上がる。
「い、いきなり何をする。エリス……」
「先程から話を聞いていれば、気を使って皆で私を除け者にして……最後は謝って済まそうなど……!」
語尾が強まり、火の粉が辺りに浮かび上がってくる。
「だ、だから私も、セバスも……お前のことを想ってだな」
「それでもっ!」
ポロリと彼女の瞳から涙が零れた。
「初めからちゃんと、話しをして欲しかった。そうすれば、セバスも村の皆も……」
その言葉を聞いてヘクトルはまるで驚いた様に表情を変え、俯いた。
「本当に、済まなかった」
彼の言葉に返事は無く、小さな魔女の小さな嗚咽の音が王の間に響くだけだった。
◆
数分経った。
ヘクトルは玉座で俯き、エリスも床を見つめている。
俺は頃合を見て、二人に声をかける。
「皆、落ち着きました?」
「……」
「ああ……」
ヘクトルの方は返事をしたが、エリスは目を赤くして少し俯きながらこちらを見やるだけだ。
これは由々しき事態だ、正直エリスが元気が無かったらヘクトルと会話が続く気がしないら、
(結局、俺とエリスが投獄されてた理由も分かってないしな……どうにか空気を変えないと……そうだ!)
ふと、良いことを思い付いた。
ここはひとつ─────、
「な、なっ?!」
エリスの驚愕の声。
原因は明白だ、俺がエリスの頭を撫でたからだ。
「カガヤ!叔父上の前で……」
「身内に嘘つかれたくらいで落ち込んでんじゃねーよ」
「べ、別に落ち込んでなどいない!皆が私に隠し事をしていたんだ……何方かと言えば怒っている!」
少しずつ、エリスの表情が力強い物に変わっていく。
「ハハ!だったら、好きなだけ怒れよ。ヘクトルさんにも、セバスさんにも、また今度会った時に死ぬ程質問攻めしてやればいい」
しばらく彼女は不満そうな顔をしていたが─────、
「……ふん、それもそうだな」
少し呆れた様に、笑みを浮かべた。
「おお……」
エリスが笑ったのを見て、俺の方も何故か口元が緩んでしまった。
そしてそんな俺のニヤけた顔に気が付くと、いきなり彼女は顔を赤くして暴れ始めた。
「ええい、もう撫でるのは止めろ!」
「うわっ?!何すんだ!」
彼女はプンプンと怒りながら俺の手を振り払う。
良かった。どうやら、今まで通り元気で生意気なエリスに戻ったみたいだ。
そのやり取りを見ていたヘクトルはどこか嬉しそうに、
「……いい転移者に出会ったな、エリス」
そう呟いた。
次回の更新は明日の16時です




