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第44話 『疾風』

 

 部屋に並ぶ騎士達。

 彼等は騎士隊長を名乗るアルトリウスが一礼すると、それに追随して一礼を行った。


「─────」


 幾許(いくばく)かの静寂が流れる。彼等は一向に一礼を解かない。


「あー、えっと……」


 どう応対をするのが正解なのか分からず、助けを求める様にエリスの方を見る。


「……はぁ」


 彼女は呆れた様に溜息を吐いて、俺を指差した後に頭を下げているアルトリウスを指し示した。

 恐らく、挨拶し返せという意味だろうが、この状況では中々酷だ。


「ほら、カガヤ!」


「うぐ」


 小さくエリスに呼ばれ、脇腹を肘で突かれる。

 覚悟を決めて、口を開く。



「よ、よろしくお願い、す、します。加賀屋、じ、尽です」



 やってしまった。


 めちゃくちゃに言葉を詰まらせてしまった。

 恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じる。


「はい、宜しくお願い致します。カガヤ殿」


 だが、アルトリウスはそう言うと騎士達と共に顔を上げ、一礼を解いた。

 なんとも不格好な言葉で、一笑に付されると思っていたのだが、なんとか聞き入れてもらえたらしい。


「まったく、緊張し過ぎだぞ」


 隣の魔女から小さく野次が飛んでくる。


「う……仕方ないだろ?慣れてないんだよ、こういうの」


 元の世界で騎士と接する事があったなら、また違っただろう。

 コンビニでバイトしていた際に、騎士が客として訪れなかったのが悪い。


「さて……」


 そんな馬鹿みたいな現実逃避をしていると、ヘクトルが重々しく言葉を紡ぐ。


「アルトリウス、他の皆も……もう下がって良いぞ。()()()()()


「はっ、それでは……失礼致します」


 アルトリウスが右手を掲げる。

 それを合図とするかの様に、騎士達はぞろぞろと王の間から出てゆく。


 そして、扉が閉まる音と共にアルトリウス以外の騎士達が部屋からいなくなった。



遮光(ブラインド)



 アルトリウスの詠唱。

 俺は次は見逃すまいと瞬きもせず見つめていた。

 だが彼はその場に最初から居なかったかのように、忽然と姿を消した。


「あいつの光魔法は賢者にも引けを取らない。目視で見極めようとするのは不可能だな」


 エリスはそう言って首を横に振る。

 エリスも彼を見逃さない様に目を凝らしていたのだが、この様子だと例に漏れずに見失ったみたいだ。


「……して、叔父上。()()とやらが済んだのなら、そろそろ本題に入りましょう」


 エリスは腕を組みうんざり、と言った感じに目を瞑る。


「ああ、もう十分だ……受肉が完璧ならば、既にこの城は破壊されているからな」


 まただ、何度目かの受肉という言葉。

 何とも気味の悪い響き。その言葉が指し示す意味が未だに分からない。


「だが話をする前にまず改めて挨拶をしよう。私の名前はヘクトルという。気軽にヘクトルと呼んでもらって構わんよ、カガヤジン」


「は、はい……」


 先程の厳粛な雰囲気とは打って変わって、何ともフランクなヘクトルの態度に少し面食らってしまう。

 彼が叔父という話聞いたのも相まって、少しエリスに似ていなくもない気がする。


「さ……挨拶も済んだところで、貴公の経歴について話をしよう」


「け、経歴?」


 ヘクトルは懐から二つの物体を取り出した。


「それって─────」


「君の私物で、間違い無いな」


 彼が手に持っているのはスマートフォン、そして鍵だ。

 やはり回収されていたのか。


「っ……返してもらえますか?」


 無礼を承知で提案する。

 紛失していなかっただけまだマシというものだが、それが第三者の手にあるというのでは、話が変わってくる。


 スマートフォンは多分、俺の()()と強く関わっているのだ、アイが入っているし。

 鍵に関しては、もしかしたら帰る時に必要になる可能性がある。


 両方とも俺がこの世界で過ごす上で、文字通り()になるかも知れないアイテムなのだ。早急に返して欲しい。


 だが─────、


「それは、出来ない」


 やはりそう簡単にはいかないらしい、ヘクトルは拒絶の言葉を返してきた。


「叔父上、……っ!」


 何かを言おうとしたエリスだったが、彼にそれを手で静止され口を噤む。


「何も悪い様にはしない。貴公が、()()()だという事は、この未知の道具を見て概ね理解した」


「し、知ってるんですか?スマートフォンの事……」


「すまーとふぉん、か……名前は今初めて聞いたがな。以前、セルティスに見せてもらった事がある」


 セルティス、その名前には聞き覚えがある。


 確か─────、


「母様が……?」


 エリスは驚愕している。

 セルティスは彼女の母親の名前だ。


 こちらの世界の住人の彼女の母親が、スマートフォンを持っていたというのだろうか。


「一体どういう事ですか、叔父上。詳しく話して下さい」


 俺の疑問を代弁してくれたエリスは、真剣な表情でヘクトルに問いかける。

 彼は懐かしむ様に目を細め、答えた。


「お前の母親、セルティスは《招致の賢者》と呼ばれ、最初に転移魔法を見つけ出した魔法使いだった」



 ◆



「招致の、賢者?馬鹿な。違う、《紅蓮の賢者》と言っていた!母様がそうだと、セバスが言っていた……」


「それは、セバスの嘘だ。《紅蓮の賢者》は十年前に対象者が老衰で亡くなってから現れていない」


 ヘクトルは淡々と告げる。


「っ、嘘をつくなっ!!」


 エリスはヘクトルに近付き、彼の胸倉を掴む。


「おい、エリス!落ち着けって!」


「下がっていろカガヤ!叔父上でも言ってはならない事がある、今の今までセバスが嘘をついていたと?!冗談はよせ!!」


「冗談だと思うか?」


 ヘクトルは、彼女の激情を目の当たりにしても表情を変えていない。


「……くっ、だが……セバスが、私に偽ってまで隠す理由が無いだろうが!」




「それは、セバスがこの世界に最初に転移してきた人間だからだ」




「え?」

「な……」


(あの人が、転移者?)


 たった今、ヘクトルは確かにそう言った。


「マジかよ、いや、だったら……」


 思い当たる節はある。

 以前彼と初めて出会った時、俺は自分が転移者だというのを証明する為、スマートフォンを取り出した事があった。エリスは光る画面を興味深そうに見ていた。

 だが彼は違った、まったく興味を示していなかった。


 あの反応は、スマートフォンを既に知っていたからと考えるなら納得がいく。


「そんな」


 力無く、まるで拠り所を失ったかの様にエリスはへたり込んでしまった。


「その様子だと、三年前……セルティスがどうして死んだかも聞かされていないようだな」


「……母様は、突然現れた魔獣を討伐に行って、他の人を助けて死んだと……セバス、から……」


「それは、半分真実だ。セルティスは確かに魔獣討伐に向かった。だがそこに居たのは魔獣ともう一人、ヴァジュラという男がいた」


 ─────ヴァジュラ。


 カイツールとロイド、セバスがその名前を上げていたのは記憶に新しい。


「奴はセルティスを殺し、彼女から転移魔法を奪ったのだ。キジマ……いや、セバスはお前が復讐に身を焦がさぬよう黙っていたのだろう」


「…………」


 エリスは何も言わず、ただ俯いている。

 その姿を見て、僅かに痛ましそうな表情を浮かべながらヘクトルは手に持つ鍵を指し示す。


「そしてこれは世界を転移した者に与えられる鍵。つまり貴公を呼び寄せたのは他ならぬ─────、


 今の《招致の賢者》である、ヴァジュラという事になる」


「…………っ」


 瞬間。脳裏に浮かんだのは、俺と他の人間を呼び寄せた白いローブの男。


(あいつが、ヴァジュラか……!)


 奴の正体は分かった。だが、目的がまったく分からない。

 転移者を呼んで何をしたいのだろう─────、


「カガヤジン、貴公に質問がある」


「し、質問、ですか?」


 少ない情報から思案しようとした時、ヘクトルは俺に言葉を投げかけてきた。


「だがこれは貴公自身の口から聞きたい」


「……俺の口から?」


「貴公が授かった能力、その詳細を話してもらいたい」


「っ!!」


 息を呑む、部屋の中に風が吹いた気がした。

 ヘクトルの目は真っ直ぐ俺に向けられている。


 能力の詳細、確かに重要だ。ヘクトルからすれば、俺もカイツールみたく怪物に見えているのかも知れない。


(……でも、これは違う)


 能力の詳細、そんな物はついでだ。

 そんな事よりも彼は、俺が()()()()()()()()()を見定めようとしている。


 そして、何となく分かる。嘘をついたり、誤魔化せば、多分()()()()


「お、俺の……能力は─────」


 震える言葉で説明しようとした時、ヘクトルの表情が険しくなる。


「う、うわっ、ごめんなさい?!」


 思わず謝ってしまったが、反応が無い。

 どうやら彼の意識は別に向いているらしい。


「……来たか」


 彼が忌々しげに呟く、その視線を追って振り返る。

 大理石みたく美しく磨かれていた部屋の床が、所々黒く滲んでいる。


「なんだよ、これ……」


 まるで黒い泥の様な染みは色を徐々に濃く変える。そして、次々に泥の中から何かが這い出てきた。


 《グルルルルル……》


 聞いたことのある唸り声。黒い針金の様な体毛。

 その大きな瞳は血のような赤を讃えている。


「ウ、ウェアウルフだと……?!」


 エリスも異常に気が付いたようで、涙を拭いながら顔を上げる。

 気が付けば、部屋の中には十体以上の黒い狼がひしめいていた。


 《グルルァアアア!!》


 先頭のウェアウルフが大きく唸り声を上げると、彼等はそれに従う様に牙を剥き出しにして一斉に駆け出す。


「ッ、エリス!!」


 咄嗟にエリスの前に出る。


(数が多いっ!初対面……因果応報はダメだ。反射装甲か、無力化。どっちを使えば─────)


 突然の危機的状況に使用する能力を決めかねていたが、フワリと首元に風を感じて、


 《ガ……ア?!》


 目の前に迫っていたウェアウルフ達は、皆一様に首を抑えて苦しそうにうずくまる。


 そして─────、



『断ぜよ』



 重々しい声が響くと、彼等は粉々に()()()()()()


「は……」


 何が起こったのか分からない。

 俺は何もしていない、エリスも呆気に取られている。


 何かをしたとすればそれは─────、



「話を……続けようか」



 《疾風の賢者》ヘクトルは小さく笑みを浮かべ、そう言った。

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