第43話 『十三人』
「来たかエリス。そして受肉した者よ」
玉座の上に座る、この国の王である男は俺達に鋭い眼光を向けた。
その何者も寄せ付けない厳粛な姿と、部屋を覆う謎の息苦しさのせいか、俺は扉の前から動けないでいた。
(この人が国王の……確か、ヘクトルって人だったっけ)
しばらくの沈黙。
俺は、なんならエリスも目の前にいる男をただ見つめていた。
(え、謁見って何すればいいんだ?一応こっちが呼ばれたみたいだけど……)
冷や汗が垂れてきて、ぎこちなくそれを腕で拭う。
どうやら緊張に身体が固くなってしまっているらしい。
せめて、挨拶だけでもしようと口を開く。
「初めま……っ!?」
瞬間、隣にいたエリスに手を引かれた。彼女は困惑する俺を連れてスタスタと絨毯の上を歩いて行く。
あれ程遠くに見えていた距離はあっという間に縮まり、俺達は玉座まで残す所、五メートルくらいの場所まで来てしまった。
だが、依然として部屋を包んでいる息苦しさは消える事は無い。
むしろ一層息苦しさを感じる。
(おい、いきなり失礼じゃないのか?!)
小声でエリスに問いかけるが、彼女は聞いていないのか、真剣な表情のまま正面を向いている。
玉座に鎮座する国王ヘクトルは、依然として沈黙を保っていた。
そして─────、
「……お久しぶりです、叔父上」
国王の事を『叔父上』と、そう呼んだエリスは不機嫌そうに腕を組んだ。
「国王ってお前の叔父さんなの?!」
「そんな事はどうでもいい」
「どうでもっ?!」
俺の問いかけは、あっさり一蹴された。
「とにかく、それよりも─────」
エリスはぐるりと周囲を見回し、辺りにいる騎士達をソレイユを含めて順繰りに睨みつけてゆく。
「五番まである王都騎士隊。その隊長を四人も集めて、一体どういうつもりですか?」
彼女は不服そうに眉を顰めながら、国王へと言葉を投げかける。
(ソレイユと同じ、騎士隊隊長……)
改めて、周りの騎士達を見やる。
皆一様にこちらに視線を向けている。
まるで監視されている様で、居心地が悪い事この上ない。
「……」
ヘクトルはエリスの問いに答える事なく、じっとこちらを見据えている。
「あれ程護衛を付ける事を嫌った叔父上が、隊長を含めた十二人の騎士を部屋に置くなど……少々臆病になりましたか?」
エリスの煽る様な言葉。
それに呼応して、左側の隊長であろう騎士が愉快そうな口笛を吹く。
その騎士へと、他の騎士達は鋭い視線が向ける。
ピリピリと空気が張り詰めているのを感じる。切り合いが始まってもおかしくない空間が形成される。
しかしヘクトルはそれを意に介す事をせず、彼女を数秒見つめると、思い出す様に目を瞑ると首を横に振った。
「ふむ……久しぶりに会ったが、相変わらずの様だな。エリス」
「……どういう意味です?」
ヘクトルの真意を掴みかねているようで、エリスは苛立ち混じりに問いかける。
彼はその問いに、答える様に指を一本立てた。
「十二人では無い、もう一人いる」
そして─────
ふわりと白い外套をなびかせて、俺達とヘクトルの間に、胸に華々しい金色の装飾を付けた騎士が現れた。
「な……」
こんな派手な様相の人物を見逃す筈も無い。
何の予兆も、何の気配も、何の音も無く現れたのだ。
その出現は、見えていなかった自分の視覚の方がおかしいのでは、と思わされるくらいに自然で異常だった。
「なるほど、お前が居たか……」
頭に手を当てながらエリスは溜息を吐いた。
「お久しぶりです、お嬢様」
他の騎士とは少し違う装飾を着けた、声からすると男であろう十三人目の騎士。
彼の言葉にエリスは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「……いつからそこに居た?」
「お嬢様達が王の間に入られた時から、です」
「チッ……最初からじゃないか」
悔しそうに舌打ちして、エリスはそっぽを向いた。
それを見て突如として現れた騎士は小さく笑うと、兜の隙間から見える瞳を俺の方へ向けた。
「お初にお目にかかります。カガヤ殿。いきなりの無礼、どうかお許し下さい」
「え、ああ……」
慌てふためく俺に対しても、彼はその毅然とした態度を崩さずに胸に手を当て、丁寧な一礼をする。
「私は王都騎士隊一番隊隊長
アルトリウス・シュタイナーと申します。
どうぞ、お見知り置きを……」