第42話 『誤解』
「賢者……そう言えばそう名乗ってたか……」
ソレイユの言葉で、エリスが俺をそう紹介していたのを思い出し、その響きに恥ずかしくなってくる。
「積もる話もありますが、早速付いてきて頂きます」
彼女がそう言うと、背後の扉から同様に銀色の甲冑を身に纏った騎士達がぞろぞろと部屋の中に入ってきた。
「うわっ?!な、なんなんだよ、一体!!」
咄嗟にエリスを庇いながら後ろに下がる。
「カガヤ、抵抗するな!ここは大人しく付いて行こう」
「はあ?!マジかよ……」
騎士達は追い詰める様に徐々にこちらへと迫ってくる。
エリスはそう言うが、訳も分からず拘束される謂れはない。扉の側に居るソレイユと目が合う。
「ソレイユさん!俺が何したんですか?!」
だがソレイユは、ただ目を伏せるばかりで返事をしない。
「……クソッ!!」
ポケットを確認する、何も入っていない。
鍵、そしてスマホが入っていたはずだ。彼等に没収されたのだろうか。
「─────」
そうこうしている間にも、騎士の一人がこちらに手を伸ばしてくる。
このまま大人しく掴まるのは、もしかしたらマズいのでは無かろうか。
(ダメ元で、やるしかない!)
騎士が俺の身体に触れようとした、その瞬間口にする。
「無力化」
「ガッ?!」
悲鳴と共に俺に触れた騎士が力無く膝をつく。
「……良し」
どうやら、アイがいなくても能力自体は使えるらしい。
仲間の一人が謎の攻撃を食らったことで、騎士達は一気に警戒を強めたのか、次々と剣を抜き始めた。
(剣?!……無力化より反射装甲の方が良さそうか?)
部屋の外にまだまだ騎士が控えているのが見える。
数では絶対不利だ、だが俺の能力ならきっと切り抜けられる筈─────、
『拘束』
ソレイユが、そう呟いた。
「ぐぁっ!!」
倒れる音と共に、背後から聞こえたエリスの悲鳴。
振り返ると、彼女の身体中に得体の知れない植物が絡みついていた。
「エリス!?」
すぐに取り払おうと駆け寄ろうとする。
だが─────、
「うわっ?!」
何かに足を取られ、倒れる。
足元に目をやると、俺の服の袖やポケットから植物が生えてきていた。
その植物は、グネグネと蠢き腕と足を強く締め付け動きを封じようとしてくる。
「か、固っ!」
腕力で引きちぎろうとしても、思ったよりも強靭なその植物に逆に抑え込まれてしまう。
「反射装甲!!駄目か……ぐっ」
植物は依然として、こちらの身体の上を蠢いている。
今の詠唱。恐らくはソレイユの魔法。
アイが魔法は反射出来ないと言っていたのを思い出す。
ならば─────、
「っ、無力化!」
もう一つの能力。
身体を締め付けていた植物達は、ピタリと動きを止めると変色し、枯れてバラバラと床に落ちていく。
「魔法には無力化か……覚えとこ」
晴れて自由になった身体でその場に立ち上がる。
鎧の音が響く、剣を抜いた騎士達が周りを囲んでいた。
「抵抗はお止め下さい。カガヤ様」
騎士達の間を通って、ソレイユが前に出てくる。
床に倒れたエリスを助け起こしながら、毅然とした態度を崩さない彼女を睨む。
「抵抗するに決まってんだろ」
「お怒りになる気持ちは分かります。本当ならば、我々もこんな事はしたく無いのです」
「そう思うなら説明してくれよ!エリスにまで手を出して、俺が何をしたんだよ?!」
「話せません」
「話せない?!俺は、」
続けて文句を言おうとしたが、ソレイユはそれを静止する様に手を前に出して言う。
「そうではありません。これは魔法による呪いで。根本的に、話すことが不可能なのです」
「……呪い?不可能?嘘つけ……エリスはそんな事、一言も言ってなかったぞ」
確認の視線をエリスに向ける。
だが彼女は何処か申し訳無さそうに、俺を見て言った。
「すまん、言い忘れてた」
「─────え?」
愕然とする。
さっきからエリスが話したがらないのは、めちゃくちゃショッキングな内容だったとか、村であった事を思い出したく無いからだとばかり思っていた。
まさか、そんなしょうもない理由だったなんて─────、
「エリス、お前……」
「あはは……すまん。説明しようとは思っていたんだぞ?だが、中々切り出せなくてな」
「いやいや、結構タイミングあったって……」
呆れて頭を抑えてしまう。周りを見ると騎士達は剣を抜いたまま所在無さげに顔を見合わせている。
どうやらこれは、俺が暴れたせいで事態をややこしくしてしまっていたらしい。
「あー……ソレイユさん、話すことが不可能なのは分かりました。でも、どうしてこの国の王様が俺達を呼んでるんです?」
「それは、王が呪いの影響を受けず。貴方に何があったか、何をしたかを話すことが可能な数少ない人物だからです」
「……なるほど」
どうやら兎にも角にも、事の詳細を知るには王様と話さなくてはならないらしい。
「所謂、謁見というヤツだな!そうそう出来る事ではない、貴重な体験が出来るぞカガヤ!」
「頼むから、お前はちょっとは反省してくれ」
植物が絡まったままのエリスの頬を両手で抓る。
「ふぁめろ、ふぁはや!いふぁい、いふぁい!」
身動きが取れない彼女は涙目で抗議の声を上げている。
それを見て、周りの騎士達はどこか呆れた様子で続々と剣を仕舞い始めた。
「賢者カガヤ様。誤解があったとはいえ、お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」
「いや、俺の方こそ……さっきの人、すみませんでした!」
「ふまなふぁっは……」
見た目が似通っている為、誰がさっき無力化させた騎士か分からないが、俺は後ろを向いてエリスと共に頭を下げる。
「それでは、御二方」
ソレイユが声を発した瞬間、エリスの身体に巻き付いていた植物が小さくなって消えていった。
「これより、王の元にお連れ致します」
◆
あれから二回ほど階段を降りて、長い長い廊下に出た。
ガチャガチャと音を立てながら騎士達の列がその廊下を行進している。
俺とエリスとソレイユは並んで、その先頭に立っていた。
「まったく……ほっぺたが伸びたかと思ったわ」
エリスはぶつくさと文句を言いながら、少し赤くなった頬をさすっている。
「そのまま身長も伸びれば良かったのにな」
「何ィッ?!もう一度言ってみろカガヤ!!」
「はいはい……」
こちらに食いかかってくるエリスを掴んで、抱きかかえる。
「わぁぁっ、止めろ!下ろせー!!」
「王様の所に着いたらな」
じたばたと暴れるエリスを軽くいなしていると、横にいたソレイユが小さく笑った。
「フフ……エリス様とカガヤ様、本当に仲が良いのですね」
「良くなどない!」
「そうですか?そんなに楽しそうなお姿、久しぶりに拝見しましたけれど」
「なっ?!」
ギクリと、エリスの動きが固くなる。
「へぇ、そうなのか?」
「……気のせいだ」
すっかり暴れるのを止めて、大人しくなったエリスは小さく言った。
心無しか、耳が赤いのは気のせいだろうか。
「さて、着きました。この扉の向こうが王の間です」
その言葉にエリスを地面に下ろす。
ソレイユが足を止めたのは、巨大な両扉の前だった。
「二名、私と続け。他の者はあの方をお呼びしろ」
彼女は背後の騎士達に指示を出す。
その言葉に従う様に、二人の騎士が彼女の側に付き、他の騎士は廊下を歩いて行った。
「エリス様とカガヤ様をお連れした、扉を開け」
「はっ」
ソレイユに付いた騎士達が、ゆっくりと扉を開いていく。
「…………っ」
思わず固唾を飲む。
大きな音を立てて開く厳かな扉は、まるでこの先にいる存在の偉大さを物語っているようで─────、
「さ、行くぞ」
エリスは全て開き切る前にズカズカと中に突入していく。
「ちょっ、マジかよ……っ」
仕方無く、彼女の後に続いて王の間に入る。
足を踏み入れた瞬間、扉から赤い絨毯が向こう側に続いているのに気が付く。
絨毯の左側の壁に三名の騎士達。
そして右側には二組の三人の騎士達。
全て合わせて合計九人の騎士達が真っ直ぐと並んでいる。
二人の騎士の先頭にそれぞれ立つ兜を着けていない騎士達、彼等が隊長なのだろう事は何となく分かる。
「失礼致します」
俺の後ろから歩いて来たソレイユと二名の騎士達は、左側の壁際に寄ると、同じ様に綺麗に整列した。
「……?」
ふと、自分が立つ絨毯の延長線上に何かがあるのに気が付いた、
《玉座》だ。
そして、その上にいる男性。
一見すると、齢五十を超えているように見える彼は、しかし圧倒的な存在感を持っていた。
これは、そう、ロイドと同じ様な─────、
「来たか、エリス。そして、受肉した者よ」
重々しい声が、王の間に静かに響いた。




