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第40話 『ギルドバルト』

 

 胸の痛みに目を開ける。

 気が付くと闇の中に居た。どこかから声が聞こえる。


「面倒臭い。まさか、ここまで─────」


 鬱陶しそうな冷たい声。

 爆発の音、木が軋み折れる音。悲鳴。


「お前達はお嬢様を連れて逃げろ、私は─────」


 決意を固めた様に誰かに話しかける低い声。

 ナニカのけたたましい鳴き声。爆発の音。



 しばらくの沈黙。



 何かが軋み、地面が揺れる。ガラスが割れる様な音。


「こいつは、殺させない。私が─────」


 慈愛に満ちた鈴の音の様に美しく優しい声。

 誰かが溜息を吐いた。

 軋む音、割れる音、爆発の音、小さな悲鳴。


「─────」


 何故だか嫌な予感がして、俺は闇の中でその悲鳴がした場所に向かって手を伸ばした。


 そして手に痛みを感じた瞬間、


【救済行為『庇う』を確認しました】


 機械的で事務的な声がした。



 ◆



 鳥の鳴き声に目を開ける。


「……う」


 突然視界に入ってきた光が眩しくて、目の奥が痛む。

 身体の気怠さを振り切り、何とか上体を起こす。


 もしかしたら、今までの異世界転移の事は全部夢だったのだろうか。なんて、そんな淡い希望は左手の甲に刻まれた『Ⅲ』の印が視界に入った瞬間に打ち砕かれた。


 どうやら一から十まで現実だったらしい。


「……ここ、どこだ?」


 辺りを見回すと、暖炉、高価そうな絨毯、椅子。

 扉の形をした窓の向こう側にはバルコニーがあり、手すりに小さな鳥が何匹か留まっている。


 そこから見える景色は、かなり遠くにある巨大な山だけだ。察するにかなり高い場所に位置しているみたいだ。


「…………」


 当の俺自体は、何故か上半身裸でベットの上にいるらしい。この大きさはキングサイズと呼ぶのだろうか。


「うーん……」


 頭がぼんやりして、いまいち状況を飲み込めない。

 目覚める前に何があったかを改めて考える。


「確か、エリスの屋敷が襲われて、村に、」


 ─────ごきげんよう。


 血に濡れた醜悪な笑みが脳裏に浮かんだ。


「っ!!」


 得体の知れない嫌悪感と怒りがふつふつと湧いてくる。

 その笑みを讃えているのは、俺と同じ転移者で邪悪の樹とかいう名乗りを上げ、不死身の吸血鬼に成った男。


 醜悪奸邪(しゅうあくかんじゃ)のカイツール


(そうだ……あいつがフィルを、村人達を殺して逃げて。そんで、それから、)


 咄嗟に胸を抑えた。

 

「刺されたんだ、あいつに」


 無骨な鎧を身に付けた、賢者ロイドという人物。

 彼にいきなり左胸を剣で貫かれたのだ。だが、パッと見た限り傷はどこにも無い。


「臓器と筋肉の隙間を縫って刺されたから実質無傷だった……って、そんな訳ないよな」


 明らかな殺意があったのは確実だ。その後どう事態が展開すればこんな豪華な部屋に寝かされる結果になるのだろうか。

 考えれば考えるほど分からなくなってくる。


「とにかく、外の様子を……」


 左手をついて起き上がろうとした時、


「ん?」


 何か柔らかい物に触れ、視線を落とす。


 宝石の様に美しい赤い髪を携えた魔女、エリスの姿がそこにはあった。彼女は小さな寝息を立て、すやすやと眠っている。


 手に触れた柔らかい感触の正体は、彼女の右手だった。


「良かった、無事だったんだな」


 あんな事があった後だ、見た所怪我も無さそうで安心した。そして、この知らない場所で知り合いが居てくれたのは非常に心強い。


「おい、エリス。起きてくれ」


 気持ち良さそうに眠っている所悪いが、色々聞きたい事がある。そうして呼び掛けて起こそうとした時、


「んぅ……」


 エリスは小さく唸ると、重なっていた俺の手をゆっくり握りしめた。


「─────」


 思わぬ不意打ちに息を呑んでしまった。

 ぶんぶんと頭を振って、どうにか我に返る。


「危ねぇ……可愛く見えちまった」


 こんないたいけな少女の様な見た目に騙されてはいけない。この魔女は俺より三歳も年上なのだから─────、


「……あれ?だったら可愛く見えるのは普通、なのか?」


 手から伝わってくるエリスの熱を一層強く感じて、ますます混乱してきた。


(とりあえず一旦……冷静になろう……)


 気分転換にバルコニーに出て外の空気でも吸う為、彼女の側から離れようとしたが、左手が強く握られ引き戻された。


 ぎこちない動きで視線を落とすと、どこか眠たそうな金色の瞳がじっとこちらを見つめていた。


「お、おはよう、エリス」


「…………」


 寝癖を幾つも抱えたエリスは、何も言わずにのそのそと起き上がり─────、


 俺の手を引くと共に、勢い良く飛びかかってきた。


「んなっ?!」


 突然の衝撃、首元に抱きついてきたエリスを支え切れずに後ろに倒れ込む。

 そういえば、彼女の屋敷で最初に目覚めた時もこんな事があった気がする。あの時はくんずほぐれつでで大変だった。


「どうしたんだよ、エリ─────」


「良かった、もう、目覚めないかと思った。この馬鹿、馬鹿者ぉ……」


 彼女は泣きながら、力ない罵倒をしながら再び抱きついてきた。何があったとか、ここは何処とか、色々な事を聞きたかったけれど。


「……ごめん」


 ただ謝って、嗚咽に震える彼女の頭を撫でる事しか出来なかった。



 ◆



「もう大丈夫か?」


 エリスはコクリと小さく頷いた。

 ある程度泣いたお陰で落ち着いたみたいだ。


「じゃあ、その、悪いけど……降りてもらってもいいか?」


「……うむ」


 彼女は俺の上から退いて、まるで反省するかの様にベットに正座した。


「サンキュー」


 冗談混じりにエリスの頭を撫でる、しかし彼女は特に抵抗せず、むしろ自分から俺の手に擦り寄ってきた。


 慌てて手を引っ込める。


「むぅ……」


 するとエリスは不満気に頬を膨らませた。


(なんだその残念そうな、可愛い反応は!!)


 今までとは違ったエリスの態度に心が揺れる。恐らく震度5弱は固いだろう。


「……そんで、えーっと……」


「ここは何処、か?」


 動揺に言葉を詰まらせていると、エリスが瞑目しながらピタリと言い当てた。


「そ、そうそう。それです」


「カガヤ、お前……何も覚えていないのか?」


「ロイドに刺されたんだろ?覚えてるけど……」


「違う。()()()()


「あ、後……?」


 そう言われても、最後に刺された場面から今起きた時まで記憶がまるで無い。まだ何か事件があったんだろうか。


「覚えて無いなら、今はいい」


「あ、ああ……」


「とにかく。ここが何処か、だったな」


 エリスはベットの上から降りると、バルコニーへと続く硝子の扉を開けた。


「ほら、付いてこい」


 彼女の言葉に従い、ベッドの横にあった服着ながら、バルコニーへと歩みを進める。

 外に出るとすぐに心地よい風に身体が包まれた。


「な……」


 眼下に広がる光景に圧倒された。


 見渡す限り広がる街。所狭しと動いている人々の数は凄まじく、この街の繁盛具合が伺える。

 遠くに見える街を囲う重厚で巨大な壁は、最早要塞のように思える。


「ここは、王都ギルドバルト」


 エリスは忌々しげに言う。


「私達はその中心の国王ヘクトルの住まう城


 その最上階に()()されている」


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