第36話 『血の祝福』
前回、前々回と加筆修正をしたので其方からご覧頂ければ……!
「うわ〜ん、レイス〜!」
半分泣きながら、カーラは優雅なお辞儀を披露している黒いメイドの名前を呼ぶ。
「はぁ……」
鬱陶しそうに溜息を吐き、レイスはお辞儀を止めて顔を上げた。
「カーラ……エリス様も、どうして村人に捕まってるの?反乱でも起こされたのかしら」
「これは違うの、そこの男の人が皆を操ってるの〜!」
「……カガヤ様?」
「ええっ?俺じゃないって!!」
じろりと鋭い視線を向けられる。
「違う違う〜、その横の人〜!」
カーラが指で指し示す先には、腕が大きく溶けたカイツールの姿があった。
彼は腕を抑えながら、今までとは打って変わってその顔を苦痛に歪めている。
「ああ……そこの虫の事ね」
「レイス、といったか……貴様一体何をした!?」
「説明する必要があるのかしら、今から駆除される害虫に」
何とも酷い罵倒だ。だけどこの男に対しては、いくら扱き下ろしても足りないだろう。
「……っ!!この女を殺せ!眷属達よ!」
激昴したカイツールの声に、辺りに集った村人達は唸り声を上げてレイスへと走り出す。
「レイスさん!逃げ─────」
そう言おうとした時、彼女は腰に付いたポーチから小さな瓶を取り出し、中身を振り撒いていた。
キラキラと輝くその液体は、地面に落ちること無く。
小さな粒になり、空中で静止している。
『銀の水よ、穿て』
レイスの詠唱に呼応するかのように空中の液体は収束し、弾丸の形状に変化すると、凄まじい速度で撃ち出され
、迫る村人達の足や肩に直撃した。
そして─────、
《ア………う……」
弾丸を撃ち込まれ、爆発を食らっても倒れなかった村人達は次々に倒れ、目の色や牙が元に戻っていく。
「どういう事だ?!何故我の支配が……」
「どうした。余裕が無くなっているぞ?」
「くっ、黙れ小娘が……!」
拘束されたエリスの皮肉混じりの言葉に、カイツールは牙を剥き出しにする。
「あら、余所見している暇があるのかしら?」
レイスが嘲る様に告げる。
「ちぃっ!!」
カイツールがその場から飛び退いた。すると、彼のいた場所を無数の弾丸が通過した。
弾丸はそのまま直進し、エリスとカーラを取り押さえていた村人に撃ち込まれ、彼等は元の姿へと戻っていく。
「よし!」
「助かりました〜!」
拘束から解放された二人は、力無く倒れる村人を支え起こす。
「なるほど、水銀か……こちらの世界にも存在しているとは」
カイツールはいつの間にか元に戻った右手で、同じく元に戻っている左手から液体を払い落とした。
「あら、知ってるのね。貴方みたいな魔の者に良く効くのよ」
再び容赦無く弾丸の雨が彼に向かって撃ち込まれる。
「ふ、魔の者か。間違い無いな」
彼の両手に、血のように赤黒い短剣が発生する。
鉄と鉄が擦り合うような音、彼はその短剣で迫る弾丸を全て切り落とした。
「なんだ、そりゃ……?!」
常識外れの芸当に思わず声を上げてしまう。
俺と同じ転移者だと名乗っていたが、本当だろうか。完全に異世界側の人間のする事なんだけど。
「なかなかやるじゃない」
「其方こそ、なかなかやる。まさか、液体を操る魔法があるとは思わなんだ」
彼は感心しながらクルクルと短剣を回す。
(あんなの、銃弾と変わんないだろ)
あの速度の物体を見えているのにも驚きだが、それを切り落とせる速さも異常だ。およそ普通の人間が行っていい動作ではない。
俺は、もはや確信めいた予想を口にした。
「……お前、吸血鬼か?」
その言葉に、彼は赤い瞳を煌めかせ牙を見せながら、醜悪な笑みを浮かべる。
「ご名答、我の能力は『血の祝福』吸血鬼に成る能力……と、そう言われたよ」
「言われた……?でも、なるほどな。スマホのカメラに映らなかった理由が分かったよ」
吸血鬼は魂が無いから鏡や写真に映らないとか、そういった記事をどっかのネットサイトで見たことがある。
「……きゅうけつき、なんだそれは?」
こちらの世界では吸血鬼はいないのか、エリスが倒れた村人を介抱しながら疑問の声を上げた。
「まあ、簡単に言うと……血を吸った相手を仲間に出来る化物って感じ」
「それで、皆を操っていたという事か」
「そうだと思う。でも、こいつは俺の知ってる吸血鬼とははちょっと違うんだよな」
カメラに映らない、血を吸った人間を化物に変える等々。吸血鬼の逸話は数あれど、血を剣にして扱う話は聞いたことがない。
「その通り、だが我もまだこの能力を授かって日が浅いからな。使い慣れていなくて辟易しているんだ。しかも弱点は普通の吸血鬼と変わらないと言うのだから、全く……堪らない」
突然のレイスの襲撃から体制を立て直し、少し冷静さを取り戻したのかカイツールは再び笑みを浮かべる。
「まさか水銀を使われるとは思わなかった。少々驚いたよ。だが初撃で仕留めるべきだったなレイス女史。所詮、食らわなければただの液体。脅威とは程遠い」
「あらそう、じゃあソレなら食らうのかしら?」
「それ?」
レイスに不意に指差され、カイツールは何事かと自分の隣へ視線を移す。
『脚力強化』
詠唱、カイツールの横腹に蹴りが差し込まれる。バキバキと何かが粉砕された様な異音が鳴り響く。
「が─────」
カイツールの身体はまるで空き缶の様に吹き飛び、近くの木に激突した。
その凄まじい勢いに、木の方が半ばから折れ曲がる。
「ぐ、一体なに……が?!」
『腕力強化』
風を切る音。状況を飲み込めないカイツールに向かって何かが投擲され、その胸部に荒削りに作られた木の杭が突き刺さった。
「グ、ギャアアアアああああ!?」
─────絶叫。
彼は身体と樹木に深く食込んだ杭を必死に引き抜こうと藻掻く。
「こん、な馬鹿な!!我は……ま、だ……」
しかし、その必死の抵抗も虚しく。
一度大きく吐血すると、カイツールは動かなくなった。
「吸血鬼には、心臓に杭を……でしたかな」
吸血鬼を蹴り飛ばし、その心臓に杭を打ち付けた白い髭を携えた壮年の男性。
彼は地面に血塗れで倒れ伏すフィルを見て、悲しそうに告げる。
「不肖セバス。遅ればせながら……参上致しました」