第35話 『馳せ参ず』
「カーラ、まだ行けるな」
「はい〜!」
「よし」
意気揚々と答えるカーラを見て、エリスは満足そうな表情で杖を構える。
「果敢だな。だが君の魔法は我に効果が無かったのは、たった今その目で見ただろう?」
「まあな、貴様の身体は魔法を受けてもどういう理由か再生する。だが村人達を盾にしたのを見るに、無限に再生出来るわけでは無いのだろう?」
「…………ほう」
カイツールの表情が僅かに歪んだ。
エリスの言う通り、再生出来るならば特攻して再生してを繰り返すのが一番手っ取り早い筈だ。
それをしないという事は、カイツールの能力には何らかの制限があるという事になる。
(だけど、何の能力だ?)
今までの数少ない要素を纏めて思考する。
カイツール。これはまあ、偽名なのは確実だろう。
こいつの他人を思うまま操る力。そして、蝙蝠に変身する力。屋敷の時のカメラに映らなかった現象。
赤い剣、血─────、
「……もしかして」
ある一つの考えに行き着く。
これが正しいなら、なんとも荒唐無稽な能力だ。俺の能力も人の事は言えないけど。
「カガヤ、お前の能力で私達を援護出来るか?」
「一応出来ると思う……どこまで役立てるかは分かんないけど」
「よし、決まりだな。私が遠距離から狙い撃ちする。カガヤは防御。カーラは奴が接近してきたら迎撃だ」
「了解」
「分かりました〜!」
返事と共に、カイツールに視線を移すと彼は自らのスマホを見て顔を顰めていた。
「どうした?知り合いからメッセージでも届いたのかよ」
冗談交じりの言葉を投げかける。
と言うのも、この世界では基本的に圏外だから─────、
「ああ、雇い主からのメッセージだ。急げ、とな」
「マジか、連絡……取れんのかよ。この世界で」
「出来るぞ?いや……出来るようにした、というのが正しそうだ」
彼はニヤリと笑うと、スーツにスマホをしまい込んだ。
出来るようにしたとは、一体どういう事なのか。
「俺のスマホは圏外だったのに……」
「すまほ、ってなんなんですか〜?」
カーラは会話に度々登場するこの世界に無い単語に疑問を抱いたようで、不思議そうに問いかけてくる。
「ああ、えっと……」
「さて、行くぞ」
なんと答えたら良いか悩んでいると、カイツールが一歩前に足を進めた。
「っ!!カガヤ、カーラ!話は後にしろ、来るぞ!」
ぐにゃりとカイツールの身体が崩れた。
そして小さく分かれた身体は、蝙蝠状に変形した。
「な……変身も出来んのかよっ?!」
「くっ、逃がすか!」
エリスは杖を構え詠唱しようとするが、蝙蝠はすぐに散り散りになって空に飛んだ。
目を凝らして行き先を探る。
しかし辺りを覆う夜闇の中に蝙蝠は消え、一瞬で見失ってしまう。
『雇い主曰く、どうやら少しマズい存在が来るらしい。早めに決着をつけさせてもらう』
声が響く。
反響して何処から聞こえているのか分からない。
「……ん?」
何かが空に広がる暗闇の中で煌めいた。
風を切る音と共に頬を何かが掠め、地面に落ちた。
「痛っ?!」
頬を触ると、血が出ている。
何事かと、地面に落ちたその物体に視線を落とす。
赤い剣が、深々と突き刺さっていた。
『ハハハ、血の雨が降るぞ!』
上空から声が聞こえて見上げると、何匹かの蝙蝠が飛んでいて─────、
無数の赤い剣が夜闇に浮かんでいた。
「…………!」
こういう危機的状況では動けないし、悲鳴も出ないのだと分かる。眼前に広がる光景に、ただ呆然と立ち尽くす。
徐々に加速しながら剣は落下を初め、死の雨は戸惑う猶予すら与えずに迫る。
「カーラ!」
『はい〜!来たれ風、吹き飛ばせ!』
突風が巻き起こり、迫る剣の軌道が変わって近くの家の屋根や、木に刺さる。
『我が炎は光りて爆ぜる!』
それを潜り抜けた何本かの剣は、エリスの魔法によって爆発しドロリと溶け崩れていく。
爆発、弾かれた剣の甲高い音色、家の壁が砕ける。
数秒間の攻防の後に剣の雨が止んだ。
辺りには剣が転々と刺さっている。
「助かった……」
何とか攻撃は乗り切れたみたいだが─────、
「あいつ、どこいった?」
上空に居た蝙蝠は既にいない。
「見失ったか……一度集まれ!」
「あ、ああ!」
「はい~!」
鬼気迫るエリスの声に従い、三人背中合わせになって周りを警戒する陣形を取る。
(右か、左?!いない、どこに─────)
「こっちだよ」
耳元で笑いを含んだ声が聞こえた。
咄嗟に後ろを振り向いた瞬間、首に衝撃が走り身体が浮く。
「が、か……」
息が出来ない。突如として現れたカイツールを明滅する視界で確認する。
どうやら俺は片手で首を絞められて、持ち上げられているらしい。ライアンの様な巨漢ならまだしも、一見普通の成人男性にそんな事が可能なのか。
「はな、せ……」
「断る。実力行使という奴だ」
俺が捕まったのに気が付いた二人は、すぐにこちらを向いて魔法を唱えようと口を開く。
だが─────、
「ぐうっ?!」
「きゃあっ」
カイツールが軽く腕を振るうと、彼女達は吹き飛ばされ近くの家の壁に激突する。
「くそっ……なっ?」
「わ、わ〜?!」
そして、すぐにどこからか現れた村人に押さえつけられ、拘束された。
「エリ……ス、カーラさん……!!」
「君達はどうにか無力化させたと思ったみたいだが、間違いだ。あの爆発、普通の人間ならしばらくは動けないだろうが……」
エリスとカーラを羽交い締めにしているのは、先程の二人の魔法で吹き飛ばされた村人だった。
彼等は爆発音のせいか耳から血を流し、吹き飛ばされた際に受けた傷も深いというのに、無表情で拘束を続けている。
「彼等は我が支配下にある。多少の無茶も許容して動き、働いてくれる」
「貴様、グッ……!」
「は、離して下さい〜!」
二人はどうにか拘束から逃れようともがいているが、ビクともしない。
「さて、加賀屋君。少々気を失ってもらおう」
首を絞める力がさらに強まる。
(片手だろ?!どんだけ力が、強、い……)
周りに操られ傷付いた村人が続々と集まってくるのが見える。
視界が狭まり、意識が遠のいていく。
どうする、どうする、どうする。
(何か、逆転する方法は─────)
薄れつつある意識の中。俺は縋るように、言った。
「はん、射……装こ、う」
一番最初の能力の名前を─────、
硬いものが砕ける音と共に、俺の首を絞める手の力が緩くなった。
「げほげほっ……う……」
俺は地面に落とされ、首が圧迫感から解放され咳き込む。血が頭に回って来たせいか、フラフラと視界が揺れる。
そんな中、カイツールへと目を向ける。
「む、これは……?」
呆気に取られている彼の指と手は、あらぬ方向へ折れ曲がっていた。
「発動、したか……」
反射装甲。
恐らく、俺の首を絞める力を反射したのだろう。
もはや彼の右手は使い物にならない程に破壊されていた。
しかし─────、
「く、ククク」
聞こえてきたのは受けた傷に対する悲鳴では無く、愉快そうな笑い声だ。
「これが……君の能力か!?反射装甲と言ったか?素晴らしい、実に素晴らしい!!」
彼は破壊された右手などお構い無しに、俺の方に無事な左手を伸ばしてくる。
「お前、痛いとか感じないのか……?!」
「勿論痛いさ、だがそれ以上に興味深い!!」
再び俺の胸ぐらが捕まれた瞬間。
何か小さな物が彼の右手にぶつかった─────、
「なんだ?!」
俺を掴んでいた彼の右手が、ドロリと溶けた。
手が粉々に折れても笑っていたカイツールが驚愕の表情を浮かべる。何かが飛んできた方向を見ると、門の方から誰かが歩いて来ていた。
「……酷い有様ね。嫌になるわ」
冷たい言葉はまるでこちらを刺すようで─────、
黒い色を基調とした、カーラと同じ形状のメイド服を着ている女性。
彼女は、優雅で丁寧なお辞儀をする。
「エイメルン家メイド長、レイス。
主君、エリス様の危機に……只今馳せ参じました」