第34話 『複合魔法』
「仲良くしようじゃないか、加賀屋君」
「何で俺の名前を知ってんだよ」
「我々邪悪の樹の中で、君を知らない者はいないさ」
カイツールは笑顔で答える。彼の言葉は俺の質問に対する答えになってはいない。
エリスは僅かに苛立った様に、彼を睨みつける。
「奴は、知っていて私の嘘に付き合っていたのか」
「ああ、見事に遊ばれてる」
「……何から何まで尽く、嫌な奴だ」
俺も俺で、面白い様にブラフに引っかかってしまった。
奴は自らを転移者と言っていたのだから、スマートフォンを持っていてもおかしくはないというのに。
カイツールは俺とエリスの悔しそうな態度を見て、満足そうに頷くと両手を掲げた。
「さて本題に入ろうか。身柄の交換だ。加賀屋君、君が大人しく捕まってくれれば村人達は解放しよう」
「…………意外と優しい提案するんだな」
こちらは三人、向こうは数十人。数の差は明白だ。
どう考えても罠だ。実力行使で俺を捕まえた方が早いのだから。
だがカイツールは当然の様に続ける。
「元より交換のつもりで彼等を眷属にしたんだ。私なりに君達を警戒しているんだよ。現にそこの少女は強力な魔法を使う、そして君の能力についても不明な点が多いのも問題だ」
「私は眼中に無いって言うんですか〜?!」
「君は、放っておいても問題無さそうだ」
「む〜〜〜!!」
カイツールの言葉に怒っているのだろうが、全くそうは見えないカーラは置いておくとして─────、
「なんで俺を?お前は何が目的なんだよ」
「さあ?我は知らん。それは直接雇い主に聞いてくれ」
「その雇い主って、あの白いローブの奴の事か?」
「企業秘密だ。知りたいなら、身柄の交換をしてもらおう」
その会話が最後だと言わんばかりに、彼は自分の口に人差し指を当てた。
「カガヤ、奴の言うことを信用するな。明らかに罠だ」
「分かってる。ちょっと、待ってくれ……考える」
エリスの言う通りだ、この男は信用出来ない。
だけど、一番被害が少ない手段を考えるなら俺が出頭するのが一番なのも事実だ。
問題があるとするなら、カイツールは本当に村人達を解放する気があるのか、という事だ。
もしかしたら、俺を捕まえた瞬間に村人達を使ってエリスとカーラを始末する気かもしれない。
それか、フィルを殺した様に村人達を殺す気かも─────、
「どうやら、あまり乗り気では無さそうだな」
カイツールは残念そうに告げる、その顔は何処か笑っている様にも見えた。
「待ってくれ!俺の身柄を引き渡す……」
間違いない、何かをする気だ。
「いいや、交渉は決裂だ。強硬手段を取らせてもらう。行け、我が眷属よ」
まるで指揮者の様に、カイツールはふわりと指を振る。
壁を形成していた人々は、こちらに向かって行進を始めた。
「やめろ、この人達は……!」
声が震える。
何の関係も無い。平和に暮らしていた人々は俺のせいで奴に操られて、きっと最後は殺される。
実際に起きた結果として、フィルは死んだのだから。
自分の中でその事実が、黒くはっきりと縁取られてゆく。左手に刻まれた模様が熱を帯び、身体の中で何かが蠢く。
まるで自分が別の何かに上書きされるような─────、
「カガヤ」
背中を軽く叩かれた。
僅かな痛みと共に我に返って、自分が息をしていない事に気が付き、慌てて呼吸をする。
「しっかりしろ。これは、お前のせいじゃない」
エリスは、厳しい口調で、しかし優しい言葉を投げ掛ける。
「っ………」
何かを言おうとしたけれど、何も言えない。
否定も肯定も出来ない。俺は彼女の優しさに甘えて、ただ黙ってしまった。
その姿を見て「仕方の無い奴だ」とでも言うように彼女は薄く笑みを浮かべると、こちらに迫る自分の領民達を真っ直ぐ見据えた。
「カーラ、ここは私達が食い止めるぞ」
「はい!……ですけど〜、この量は……」
「文句を言うな、やるしかない」
「っ!分かりました〜、頑張ります〜!」
「うむ」
杖を構えてエリスが詠唱すると、それに合わせてカーラも魔法を詠唱する。
『我が炎は轟き爆ぜる!』
『来たれ風、吹き荒べ』
まるで合唱のような二人の詠唱。
巨大な炎が真っ直ぐと撃ち出されると同時に、尋常ではない風が吹いた。
三メートルはあろうその炎弾は風を纏いながら、ゆっくりと人々の手前に落ち、巨大な爆発を引き起こした。
「うわっ?!」
轟音に耳を塞ぐ。まるで爆弾のような振動に空気が揺らされる。
何人かの村人が吹き飛ばされる。同時に炎の周りを包んでいた風も人の壁を吹き飛ばしている。
吹き飛ばされた村人は、跳ねるように地面を転がり、民家の壁を突き破り、村を通る川に落下していく。
「─────」
結構な人数が無力化された。めちゃくちゃ乱暴だけど。
「どうだカガヤ、今のが」
「お嬢様と私の〜」
「「究極複合魔法!」です〜!」
二人はしてやったりと言った感じでハイタッチをする。
究極複合魔法、確かに威力は凄まじかったが、これは─────、
「やりすぎじゃね……」
「む?」
「え?」
壁に穴が空いた民家や、燃え盛る草木を指差す。大惨事が降って湧いたような光景に二人の表情が僅かに曇る。
「……まあ、なんだ。なんとかなるだろう」
「私は風を吹かせただけなので〜」
この主君あってのこのメイドとでも言うのか、現実から目を逸らし口笛を吹く二人に俺はそれ以上掛ける言葉が無かった。
「これはこれは……仮にも君達の身内だというのに、遠慮無い攻撃をするものだ。」
乾いた拍手をしながらカイツールは笑う。
自らを守る人々がいなくなったというのに、その余裕の態度は崩れていない。
「それなら心配には及ばない。貴様を倒した後に全員治すさ、それが出来る医者もいる」
「優秀な人材が揃っているんだな……ふぅ、あまり気乗りしないが、
確実に仕事をこなすには、自分でやるのが一番早そうだ」