第33話 『生き残り』
辺りを舞う火の粉は渦巻き、一点に収束していく。
『我が豪炎に灰燼と帰せ!!』
怒りに満ちた詠唱。まるで龍の様に渦巻く炎は唸りながら眼前に立つ敵を爆滅せんと発射された。
「ハハ、これは凄い─────」
接触、爆発、笑いを含んだ言葉は轟音に掻き消された。その圧倒的な熱量は、直撃した者の身体を容赦無く焼き尽す。
肉の焦げる匂いが辺りに漂う。もはや骨の髄まで炭化したのか彼は倒れる事も無く、黒焦げで直立していた。
「はあっ、はぁっ……!」
「エリス?大丈夫か?!」
「お嬢様〜!」
エリスは苦しそうな表情で膝を付いたが、駆け寄る俺とカーラを静止する。
「気にするな、少し……目眩がしただけだ。それよりも警戒を怠るな」
「警戒?」
「そうだ、手応えはあったが……まだだ」
ギシリ、と軋む音。視線が其方に吸い寄せられる。
エリスの魔法によって黒く炭化し、もは見る影もない無惨な焼死体は奇妙に蠢き始めた。
黒く変色した肉は躍動し、溶けて重なり合い、じわじわ形と色を変えて見覚えのある姿へと変貌した。
そして─────
「ああ……中々の苦痛だ。痛覚があるというのは不便だな。君の魔法がそこまで強力な物だとは思わなかった」
白い髪を携え、スーツを身に着けた男、カイツール。
彼は異常な復活を遂げた。
苦痛と言ってはいるが、依然変わりなく楽しそうに余裕の表情を浮かべている。
「その疲弊した姿から察するに、今のが最大の攻撃だったようだな。しかし、良い物を見せてもらった」
『化物め!我が炎は、っ……!!』
追撃の為の詠唱は途中で中断された。エリスは歯噛みし、苦しそうに表情を歪めている。
それもそのはず、杖を構えた先に村人が一人立っていたからだ。
「あの人は……」
しかも、その村人は俺も知っている。
俺とエリスに団子をくれた店の人だ。
《グルルルル》
まるで盾になる様に立ち塞がる彼女は唸り声を上げる。
優しい笑顔で手を振っていた姿と、今の牙を剥き赤い瞳を光らせている姿の差に目眩がする。
「そこに転がっている青年……名前を、フル?いや……ファール?だったかな。彼に感謝しなければな、良い物を見せてもらった」
悪辣な言葉を紡ぐカイツールの前に彼の背後からぞろぞろと人々が躍り出ると、一列に並び、人の壁を形成した。
「下衆が!!」
「よく言われるよ。ま……ここは一つ休戦してゆっくり話でもしようじゃないか?」
「黙れ……貴様と話すことなど何も無い」
「まあ君はそうだろうが、そこの彼はどうかな?」
ふと、闇夜に光る男の赤い瞳と視線が重なる。
まるで全てを見透かしているかの様な視線は、真っ直ぐと一点を見つめている。
「俺……?」
「そう、君だ。まあ先ずは我の目的について話そう。我はな、ある存在を探しにこの森に来たのだ」
「ある、存在」
思わず復唱する。だが、それは疑問というよりも再確認だ。
俺は代名詞が指し示す対象に、何となく察しがついていた。
「どういう意味だよ」
「意味か、色々あるぞ。ここには本来存在しない異常者。一方的に呼び寄せられた被害者。神から能力を授り祝福を受けた者。世界を滅ぼす破壊者……。簡単に言うならば……転移者」
「─────転移、者」
息を呑む。白いローブの男は、あの広場に居た俺を含めた集まって人間をそう呼んでいた。
「カガヤ、これは……」
「え〜、どういう事なんですか〜?」
二人から小声で言葉を投げかけられる。エリスは事情を多少知っているが、カーラにどう答えたものか─────、
「転移者だ、分かるかな?」
繰り返されるカイツールの問いかけに汗が頬を伝う。
(分かるも何も、俺の事だよな……)
神から能力を授かったという言葉にも察しがつく。
恐らく、今現在俺のスマホの中に居座っているであろう、アイが言っていた『救済者』という力の事だ。
だけど、俺が転移者というのを話をしたのはエリスとセバスのみで、他に知っているとしたら、あの広場にいた者だけ。
コイツは白いローブの男ではない。
だとしたらコイツは─────、
「かく言う我も、転移者でね」
予想が的中した、一番最悪な言葉が紡がれる。
「あの城のパレードは傑作だった。だが、しかし君はどうやってか抜け出し、さらにはこの森に送り込まれたウェアウルフも倒したと聞く。一体、何の能力を授かったのかな」
興味津々といった様子で彼はニコニコと笑いながら、こちらに問いかけてくる。
その態度も何処かおかしいが、あの惨劇をパレードと宣う破綻した感性。同じ世界で過ごしていた人間とは思えない。否、思いたくない。
「俺は……むぐ、」
質問に返答しようとした瞬間、口元に指を当てられ言葉を遮られる。
「……違う、人違いだ」
「む、転移者では無いと?」
否定の言葉。カイツールは驚いた様に聞き返す。
だが、その言葉を発したのは俺ではなくて─────、
「ああ、この男は私の知り合いの旅商人だ」
この局面で明らかにバレてしまいそうな嘘を付いているのは、エリスだった。
彼女はこちらを見て頷き、話を続ける。
「お前が探している男なら、村人と騒動を起こしたからな。昨日この村から追い出したよ」
ライアンと騒動を起こしたには起こしたが、あれはオズという男を助ける為だ。
そう抗議したくなるがぐっと堪える。
恐らくエリスは、俺わ庇ってくれているのだ。
「では、もうこの村には転移者はいないと?」
「ああ、残念ながらな。無駄足だったな」
「それは、なんと……行き違いだったか」
カイツールは困った顔をして肩を竦める。
俺の存在はともかく、顔は割れていないのだろうか。
(もしかしたら、これは知らぬ存ぜぬで通せるんじゃ……)
チラリとエリスの方を見ると、カイツールから見えない様に何かを書いている。
《救援求む》
手紙だ、文字は読めないが意味は読み取れる。
『届け、伝えよ』
小さな詠唱。手紙は鳥の姿へ変わり、カイツールに気取られない様に低空飛行で飛んで行く。
「ナイス救援」
「流石です、お嬢様〜」
その小さな詠唱と同じ小さな声で、俺とカーラは歓声にも似た労いの言葉を投げかけた。
「救援は念の為だ。アイツは得体が知れない。だが、隙を見つけ次第必ず仕留める」
殺意が満ちたエリスの言葉に息を呑み、背後で横になっているフィルを見る。
「……っ!!」
臆病になっていた自分に気が付き、顔を軽く両手で叩いて気持ちに発破をかける。
幸いカイツールは俺を転移者だとは分かっていないようだし、付け入る事は出来そうだ。
(俺の能力を使って、反射装甲か無力化で─────)
「そうだ。ところで……コレを君達の屋敷で拾ったのだが、誰の物か知っているかな?」
俺の思考はカイツールの手の中に有る物体を視界に収めたことで、何もかも吹き飛んだ。
その手に握られた物体は、俺のよく知る物。
─────スマートフォン。
(ヤバい、あれが無かったらアイと連絡が……!)
俺の能力は今の所、アイとのやり取りを介して使っている。彼女が居るスマートフォンが手元に無かった場合、会話をせずに能力を使えるのだろうか。
(まさか、屋敷から逃げる時に落としたのか?)
すぐにポケットに手を当てる。
しかしそんな不安とは相反して、ポケットの中にはしっかりとスマートフォンが入っている。
「は、なんだ。あるじゃ……ん…」
安堵の息を吐き、気が付く。
─────あれは誰のだ?
「ク、クク……」
ゾワリと、背中に冷たい物が伝う。
顔を上げると、エリスとカーラが怪訝な表情でこちらを見つめていた。
「おっと失礼コレは我のスマホだった!」
慣れた手つきで彼はスマホを自らの内ポケットに入れこんだ。
「だが今の反応は奇妙だな、異世界の旅商人の君はコレが何かを知っているし、持っているみたいだ。おやおや、これはこれは?」
彼はニヤニヤと笑う。
どうやら、俺はカマをかけられたらしい。
「お前、わざと……」
「ハハハ、只の戯れさ。気分を悪くしないで欲しいな」
まるでプレゼントを目の当たりにした子供の様な、無邪気で純粋な、醜悪な笑みが向けられる。
「さ……改めて、挨拶をしよう。初めまして。
私は、邪悪の樹六番目の枝。
『醜悪奸邪』カイツール」
会えて嬉しいよ。転移者、カガヤ君」




