第30話 『轟き、爆ぜる』
「二人とも助けに来てくれたんですか〜!ありがとうございます〜!」
部屋の置くから半泣きで姿を現したメイドのカーラは、そう言って近くに立つエリスに駆け寄ると、ひしっと抱き着いた。
「いや私達は、わぷっ……?!」
身長差も相まってか、エリスの顔がカーラの胸に埋まる。
正直、羨ましい光景なのだが─────、
「………!、…………?!!」
エリスは何かを叫びながら苦しそうにもがいている。もはや凶器と化している彼女の胸に俺は戦慄した。
「カーラさん……エリスが窒息する前に離してあげて下さい」
「えっ?……わわっ!ごめんなさい、お嬢様〜!」
彼女はもがいているエリスに気が付いたようで、慌てて解放する。
「けほけほっ……お、おのれ怪物め……」
エリスは恨めしそうに目の前の胸を見つめて呟いた。
何やら新しい確執が生まれた気がしたが、今はそれどころでは無い。
隣の部屋から壁が力強く叩かれた。軋む音と共に壁に亀裂が入る。
「まさか……扉が開かないからって壁をぶっ壊す気かよ?!」
「人の家で好き放題する……!もう時間は無い、カーラ!」
怯えきった様子で震えているカーラに向かって、激励にも似た声が掛けられる。
「最悪窓から飛び降りる気だったが、お前がいるなら大丈夫だな……今すぐ飛べるな?」
「……っ!はい、すぐにでも〜!」
部屋の奥に進んで行って窓を開けるカーラと、白いチョークの様な物で床に何かを描き始めるエリス。
「え、飛ぶって何?ど、どうすんの?」
素早い彼女達の手際の前に、ただ右往左往する事しか出来ない。反対側の壁も軋み始めて、いよいよピンチだ。
「準備完了だ、いつでも展開出来る」
エリスがそう言うと、足元に大きな魔法陣が描き上げられていた。
「こっちも完了しました〜!では、お嬢様、カガヤさん……手を」
「は……はい」
何処か雰囲気が変わったカーラは、俺とエリスの手をそっと握ると優しく窓の近くへと引き寄せた。
何が始まるというのか。
生唾を呑み込む、亀裂が入った壁をじっと睨みつける。
すると叫び声と共に一際強く壁が叩かれ、大きくその形を歪めた。
「「「…………」」」
そして数秒間の沈黙の後─────、
《グォォオオオオ!!》
壁が破壊され、まるで洪水の如く人が入り込んで来た。
彼等は皆一様に赤い瞳に歪な鋭い牙を携えていた。
「カーラ!!」
迫り来る人の波を見ながら、エリスが名前を叫ぶ。
『はい……来たれ我が風、飛翔せよ』
フワリと風が吹いた。次の瞬間、足が地面から離れた。
俺達三人は空中に浮いていた。
「う、お」
乱れる平衡感覚に困惑していると、カーラはそのまま窓に足を掛けて─────、
「ちょ、待っ」
「行きます!」
彼女は俺達を連れて窓から飛び出した。
恐らくは地上三階からの落下、直ぐに重力に引っ張られ身体が落ちる。
俺は死を覚悟して目を固く瞑った。
「……っ?」
だが、いつまで経っても身体に痛みや衝撃を感じることは無い。
「カガヤ、目を開けてみろ」
耳元でエリスの声が聞こえて、ゆっくりと目を開ける。
すると足元には、どこまでも続く森が広がっていた。
「な……!」
後ろを振り向くと、今しがた飛び出した屋敷が見える。
「─────飛んでんのか、俺達」
「はい、飛んでますよ〜!」
隣では相変わらずのんびりとした様子でカーラが笑みを浮かべながら手を握っている。
「カーラは風魔法の使い手だからな、この位お手の物だ」
エリスは「ふふん」と鼻を鳴らしながら、何処か自慢気にに告げる。
「お嬢様〜、このまま村まで向かいますか〜?」
「うむ、そうしよう。だが……その前に……」
エリスはニヤリと邪悪に笑う。
「狼藉者には少し痛い目に遭ってもらおうか」
彼女は飛び出した窓から、身を乗り出してこちらを睨んでいる人の大軍に杖を向け─────、
『我が炎は轟き、爆ぜる』
その部屋は一瞬光り輝くと、次の瞬間。
轟音を鳴らし、爆発した。
「は……」
呆気に取られる。
パラパラと黒煙が上がる屋敷の一室。
窓際に居た何人かが落下して、下にある木に向かって落下し引っ掛かる。
「良し!」
「良し、じゃねぇよ?!」
エリスは満足気に頷いている。
先程まで屋敷への破壊行為に憤っていたというのに─────、
「流石に爆発は不味くないか?屋敷がメチャクチャになるんじゃ……」
周りの部屋の割れた窓ガラスからも煙が出ている辺り、内部の被害は見かけ以上に酷いだろう。
「侵入者を倒す為だし、別に良いだろう。魔法の炎は直ぐに消えるし、何より私の屋敷だ。どう扱おうと私の自由だろう!アッハッハッハ」
彼女はカラカラと笑い始めた。
唯我独尊とはこの事か、あまりにもあんまりな言い分にそれ以上何も言えなくなる。
ある意味、この世界でコイツは最強なのではなかろうか。
「でも、あれ……絶対セバス様に怒られますよね〜」
「ハッハ……あ」
カーラの何気無い一言にエリスの表情が凍りついた。どうやら最強の座はセバスの物だったらしい。
嘲笑うように吹き荒ぶ夜の冷たい風が、屋敷から湧き上がる黒煙をふわふわと巻き上げていった。
◆
あれからしばらく、村に向かって上空を流れる様に飛んでいた。
「─────、」
チラリと後ろを確認する。
何度か振り返って追っ手が来ていないか確認しているが、どうやら先程の爆発でほぼ壊滅したようだ。
「お嬢様、一緒に謝りますから元気出して下さい〜……」
カーラが心配そうに声を掛ける。
「はぁ〜〜〜…………」
声を掛けられている小さな魔女は、ガックリと肩を落とし大きな溜息を吐いている。
「気を落とすなよ、エリス被告。俺も正当防衛を証言してやるから」
「何が正当防衛だ、過剰防衛で有罪確定に決まっているだろう!」
エリスは涙目で憤る、どうやらやり過ぎた自覚はあったようだ。
「困りましたね〜……あ、」
「むぅ……なんだ、カーラ?」
「村にもう直ぐ着きます、そろそろ降りますね〜!」
下に目をやると、壁囲まれた村が見える。
灯りが付いている事がこんなに心強く感じた事は無い。カーラがつま先を下に向けると、スルスルと高度が下がり地面に着地した。
「う、なんか、身体が重く感じる……」
今の今まで重力を忘れて浮いていたので、地に足が付いていないような、何とも奇妙な気分になってしまう。
「カガヤさん、丈夫ですね〜。お嬢様は酔ってしまって暫く寝込んじゃったのに〜」
「うぉおい!要らんことは言うんじゃない!」
「へー、ジェットコースターとか乗せてみたいな。あ、でも最低限の高さが足りないか……」
エリスの頭の上に手を当てて自分と比べると、ギロリと金色の瞳が鋭くなる。
「お前はお前で意味の分からん事を言うな、馬鹿にしているのが何となく分かるぞ!?まったく……先に行くからな」
彼女はそう言って不機嫌そうに村の門に向かって行った。
楽しそうに笑うカーラと一緒に後に続く。
「おーい、誰かいないのか?……おかしいな」
不思議そうにエリスは首を傾げた。
「どうした?」
「いや、いつもなら門には必ず誰かがいるんだが……」
「おかしいですね〜、夜ご飯でも食べに行ったんでしょうか〜?」
何とも呑気なカーラの予想はとりあえず置いておくとして、門番がいないのは確かにおかしい気がする。
「まあいい。とりあえず、ダリアの家に向かいつつ王都に報告を─────」
いきなり、エリスが言葉を止めた。
「エリス?」
沈黙。
彼女は目の前の何かを見つめている。
その視線の先には、誰かが背中を向けて立っていた。
「なんだ〜。門番さん居ましたね〜、すいま─────」
「待て、カーラ」
カーラは声を掛けて近寄ろうとしたが、手で静止させられた。声を掛けられた人物はピクリと動き、ゆっくりと振り向いた。
俺は、目を疑った。
声を掛けた男。
彼の目は赤く血のように輝き、口からは歪な牙を覗かせていた。
屋敷を襲撃してきた人々と同じ風貌。
エリスがポツリと呟いた。
「…………フィル」
朝戦った時とはまるで別人のようだ。
醜く姿を変えた彼は、大きく唸り声を轟かせた。




