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第26話 『解読』

 

 本棚から本の雪崩が起きて、積もった埃が雪のように舞散った。


「カガヤ、大丈夫か?!」


「ゲホッ、ゲホッ……大丈夫そうに見えるか?」


 殆ど身体が埋まった状態で、俺は恨み節を口にする。


「いや、見えんな」


 苦笑いしながら床に本を置くと、エリスはこちらに手を差し伸べた。

 その手を取ってなんとか本の蟻地獄から脱出する。


「お前、ちょっとは整理整頓しろよ……屋敷を掃除してくれてるセバスさんとかに怒られるぞ?」


「耳が痛い話だな……お前の言う通り、レイスにこの前怒られたよ」


「レイスって、あの……黒い方のメイドさんの事だよな?」


 白銀の髪に凛とした佇まいで、あまり口数が多くない人だ。じっと見つめられた事から少し怖いイメージがある。


「あの人、意外とズバッというタイプなんだな」


「うむ、お前も気をつけるんだな……あいつは客人でも容赦はしないぞ」


 一体過去に何があったのか気になるが、悟ったようにどこか遠い目で語るエリスに対して、俺は追求する事が出来なかった。


「き、気を付けます」


「ふふ……まあ、普通にしていれば問題無いとは思うがな」


 エリスは微かに笑いながら本を拾い上げると、部屋の奥にパタパタと進んで行く。

 床に置いてあった高そうな装丁が施された本を拾い上げて、彼女の後に続く。


 ある程度進んで行くと少し大きな机が姿を現した。

 大半が本に埋もれているのは、もう気にしない。


「む、お前も読書か?意外と勤勉だな」


 そう言いながら、エリスは椅子の上に積まれた本をどかすと、その上に座り込む。


「意外は余計だ!魔法の勉強の邪魔しちゃ悪いし、俺は俺で異世界の……マグナの事を頭に叩き込んどくよ」


「別に邪魔にはならんさ。気にする事は無い。しかし……マグナの事ならば丁度この本に書いてある、良かったら一緒に見るか?」


「え、一緒に?」


「うむ、一緒に」


 そう言ってちょいちょい、とエリスは軽く手招きする。


 悪い気もしたが、独学で最初から学ぶよりも誰かに指導してもらって最初から学ぶ方が早いかもしれない。


「じゃあ……遠慮なく」


 ここはご厚意に甘える事にした。

 俺は自らが持ってきた本を椅子の上に置いて、エリスの側に向かう。

 すると、彼女は突然椅子から降りた。


「ああ、俺は別に立ったまま聞くから─────、」


「そうではない。先にお前が座れ、その後に私はお前の膝の上に座る」


「な、なに?」


 意味の分からない提案に、俺は困惑する。


「……嫌か?」


「違う、嫌とかじゃなくて……」


 二人で座る意味が分からない。という旨を伝えようとしたが上目遣いでこちらに視線を向けられ、何も言えなくなる。


(教えて貰えるのは有難いけど、膝の上かあ……)


 数秒の思考の後、溜息を吐く。

 ここは大人しく彼女の言うことを聞くことにした。


「分かったよ、その代わりしっかりと教えてくれよ」


「本当か!?よし!」


 ガッツポーズで喜ぶエリスの姿に微笑ましさを感じながら、俺は椅子に座った。



 ◆



「─────次に種族だ。私達《人間》に

 人と獣の特性を併せ持つ《獣人族》

 独自の魔法文化を持つ《妖狐》

 マグナの空を守っている《竜族》

 そして最初に賢者を生み出した《魔─────、」


「ま、待った!」


 俺はまくし立てる様に話すエリスを、息を切らしながら静止する。

 かれこれ二時間くらいぶっ通しで話続けられて、俺の脳内容量(キャパシティ)はとっくに限界突破(オーバーフロー)していた。


「どうした?まだ半分だぞ?」


「半分?!い、いや……もう大丈夫です」


「しかし、これからが盛り上がるのに……」


「ま、また今度教えてくれ!」


「きゃっ……お、おい!」


 話の続きを始められる前に、エリスを抱えて膝の上から退かす。


「俺は俺で、本を、うっ……読むから……」


 痺れた足に悶絶し、よろめきながら自分の席に戻る。


「むー……」


 エリスは何やら顔を真っ赤にして、こちらを睨みつけている。


「そんなに怒るなよ。教えてくれた事には感謝してるって」


「違う、私は一緒に本を読むのを中断した事には怒ってはいない!気安く淑女を持ち上げた事に対して、怒っているのだ!」


「そっちかよ!散々、人の膝の上に座ってたっつーのに……」


「それとこれとは別だ!」


「分かった分かった、悪かったよ。結構軽いんだな、持ち上げやすかったよ」


「なーーーっ?!」


 エリスは顔を赤くさせた。彼女の周囲に火の粉が舞い始めた。

 この火の感じは、彼女が森で魔法を使った時と同じだ。

 自分が魔法を撃ち込まれる姿が容易に想像出来た。


「ごめんごめん、言い過ぎました!だから火の粉を出さないで下さい!」


 流石に言い過ぎたと、両手を合わせて謝罪する。


「……いいか、次は無いからな!」


 腕を組みながら、エリスは椅子に座る。

 辺りに浮かんでいた火の粉は消え去った、どうやら峠は超えたようで、俺はホッと息を吐く。


「それで?お前は私と一緒に本を読まずに、一体全体……何の本を読むんだ?」


 険しい表情でエリスが問いかけてくる。


 やっぱり本を読むのを中断した事も怒ってんじゃん、と思ったが口に出すのは止めておこう。


「あ、ああ……この本だよ」


 俺は椅子の上に置いてある本を手に取って見せた。

 黒の表紙に金色の文字が記載された本。その厚みからは、その内容の濃さがひしひしと伝わってくる。


 読むのはかなり骨が折れそうだ。


(……他のにすれば良かったかな)


 その手に伝わる重さから、深く考えずに拾い上げてしまった事を後悔する。


「それは─────、」


 俺の持つ黒い本を見て、エリスは険しい表情から一変して、驚愕の表情を浮かべた。


「え、何かおかしかったか?」


「いや……その本はお母様が持っていた物でな。しばらく見当たらなくて、失くしたと思っていたのだが……」


「そうなのか?でもまあ……こんだけ沢山本があったら一冊や二冊、簡単に失くなるよな」


 辺りを見回す、何度見ても呆れる程の凄まじい量だ。

 翌日に本屋を開けと言われても、品揃え的には可能かもしれない。品質は保証出来ないが。


「てゆーか、お前のお母さんの本なんだろ?そんな大事な物を失くすなよ」


「まあ失くしたのは、その通りなんだが、その……」


 言葉の途中でエリスは目を伏せて言い籠もる。


「その……なんだ?」


「その本は、読む事が出来ないんだ」


 エリスは俯いて、静かに告げた。

 その姿を見て自分がいかに軽率な発言をしたかという事を理解した。


「ごめん。読めないってのは……そう、そうだよな。大事な遺品だもんな。読むのには心の準備が─────」


「いや、そう言う事ではなくてだな」


 キッパリと否定され、肩透かしを食らう。


「っ……じ、じゃあなんで読めないんだ?」


「その通りの意味だ。表紙にある文字が読めないんだ」


「表紙?」


「うむ、そこに書いてある文字を詠唱出来なければ、本が開かない魔法がかけられているらしくてな。お母様の仕業なのだろうが、私は一文字も読めなかった。正直お手上げだよ」


 彼女は、やれやれと言った感じに両手をひろげた。

 そんな不思議な魔法もあるのかと俺は関心しつつも、自信満々の口調でエリスに告げる。


「エリス……実を言うとな。俺は文字を翻訳出来る能力も持ってるんだ」


「なっ、本当か?!」


 エリスは身を乗り出しながら叫ぶ。

 その反応を見て、何とも心地良い気分になる。


本当(マジ)本当(マジ)大本当(オオマジ)だ。一瞬で解読してやるよ」


【加賀屋様、翻訳を使用するのですね】


(ああ、使うよ。アイちゃんが授けてくれた能力、最高だな)


【……有難う御座います】


 先程まで彼女を不気味がっていたとは思えない程、頭の中で子気味良く会話をする。


 我ながら調子いい事だと思いつつ、すぐさま表紙の文字に目を通して文字が翻訳されるのを待った。


 しかし、一向に翻訳の能力が発動しない。

 昼に村を散策した時は文字の内容が、否が応でも頭の中に入って来たというのに─────、


「んん……?」


 奇妙な感覚に首を傾げてしまう。


(読み取れない?いや違う、コレは─────)




【加賀屋様、翻訳の必要はありません。この文字は()()()です】




 頭の中にアイの声が響く、金色に輝く見慣れた文字が目に入ったと同時に滑るように口から零れ出る。



「古き闇の竜、その心の臓腑を……ここに封ず」



 何かが割れる音、グラリと空気が揺れる。

 黒い本はひとりでにゆっくりと開いた。

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